J.S.Bach: Cem-Cons@A.Tharaud,B.Labadie/Les Violins du Roy |
http://www.hmv.co.jp/product/detail/4169059
Bach, J S:
Keyboard Concerto No. 1 in D minor, BWV1052
Keyboard Concerto No. 3 in D major, BWV1054
Keyboard Concerto No. 5 in F minor, BWV1056
Keyboard Concerto No. 7 in G minor, BWV1058
Concerto for Four Keyboards in A minor (after Vivaldi), BWV1065
Alexandre Tharaud (Pf)
Les Violins du Roy, Bernard Labadie
J.S.バッハ:
・鍵盤楽器と管弦楽のための協奏曲ニ短調 BWV1052
・鍵盤楽器と管弦楽のための協奏曲ニ長調 BWV1054
・アダージョ~協奏曲ニ短調 BWV974(マルチェッロのオーボエ協奏曲より アダプテーション:タロー&ラバディ)
・鍵盤楽器と管弦楽のための協奏曲ヘ短調 BWV1056
・鍵盤楽器と管弦楽のための協奏曲ト短調 BWV1058
・4台の鍵盤楽器と管弦楽のための協奏曲イ短調 BWV1065(多重録音)
アレクサンドル・タロー(ピアノ)
ル・ヴィオロン・ドゥ・ロワ
ベルナール・ラバディ(指揮)
先週の話だが、私自身が青年期より敬愛してきていたグスタフ・レオンハルト氏が逝去した。チェンバロ奏者として一世を風靡したレオンハルトだが、その後、古楽アンサンブルの研究/指揮やバロック期以前のオルガン曲などの啓蒙活動を通じ、ピリオド奏法の始祖として楽壇に多大な影響をもたらし、そして大きな貢献をした。謹んで冥福を祈る。
タローのこのCemコン・アルバムはある意味、レオンハルトがチェンバロで弾いたテレフンケン盤(勿論LPレコード時代の録音)を連想させてくれる興味深い内容となっている。
アレクサンドル・タローは、オリジナルのクラヴィーアではない現代ピアノでバッハ作品を能動的にアレンジ/演奏することに積極的な若手の一人であり、このアルバムはそのタローの信念とアプローチが凝縮された一枚と言えようか。これらのコンチェルトを一通り聴いて分かる点が幾つかある。まず、(a)テンポはピリオド奏法のそれと変わらないかある程度速めの水準を維持し、チェンバロで爪弾かれる微細で均等なマルカート高速スケールを再現すること、(b)次に抑揚表現は過度に制限することはせず、強弱を付けることに割と寛容なこと、(c)音量のコントロールが出来ないチェンバロならではのアゴーギク、アクセントは極力使わずにスムーズなスケール展開とすること、(d)左右の旋律に対し主従関係を作らず均等な勢力を維持し、バッハが譜面に込めた対位法表現を忠実に守ること。
BWV1052の冒頭楽章、そしてフィナーレに見られる求道的・訴求的な弾き方はレオンハルトの往時の弾き方に似ている。両者で楽器の種類が大きく異なるにも拘わらずこの似たフレーバーは上述(a)のポリシーによって導き出されている。これにより古色蒼然とした復古主義を匂わすことなく現代的で洗練されたCemコンとなっているのだ。つまり、チャリチャリしたチェンバロの高域ノイズが含まれないCemコンと言える。次に、陽性のBWV1054は上述の(c)の特徴を強く反映したもので、「つっかかり」感が全くないスムーズでスイートな音の拡がりを獲得している。そして中央にマルチェロの主題によるBWV974を配して後半へと進む。
BWV1056もBWV1058も、少し弱い弾き込みではあるが(a)と(d)の形質が色濃く込められていてオリジナル演奏と遜色のない対位法がたっぷりと展開される。恐らくオリジナル譜面ではなくて2段鍵盤用を無理のないよう1段鍵盤用に修正/編曲された版を使っているものと推察されるが、不自然さはそれほど感じない。そして、ベルナール・ラバディ率いるル・ヴィオロン・ドゥ・ロワの面々が繰り出すモダン楽器+古楽弓のなんとも洗練された力強い純音系の音色が美しい。特にユニゾンが恐ろしいほどに揃っていて、波形が合致した瞬間に複数楽器が一挺に収斂するのだ。弦楽に古楽器を用いず、敢えて新し目の楽器を充て、そして弓を古典的なものにすることによりパワフルだけれども必要以上にソリッドな冷たさを感じさせない絶妙なアンサンブルを紡ぎ出すことに成功している。
白眉はやはりBWV1065で、このヴィヴァルディの調和の幻想から主題を拝借した傑作編曲は、タローのアプローチがある意味において的を射ていることを認識させられる出来映えとなっている。この最大編成のコンチェルトは4挺のチェンバロを指定して書かれているが、タローが多重録音/編集することで一人で演じているのだ。当然のことながら(a)のポリシーが貫かれている上で4多重となるため、音数は極めて多く、生の4人分のチェンバロのボリュームと迫力が現代ピアノによって忠実に再現されている。
ライナーによれば、この録音のためにタローが選んだのは1980年代のピアノで、暖かみがあってちょっとメロゥな音色をもったものだそうだ。文中には明記がないが、ジャケットやライナーにはヤマハの音叉つき社名ロゴが入っていることから、YAMAHA製の古めのコンサート・グランドを使っているものと思われる。音色はスタインウェイやベヒシュタインに見られるようなブリリアンスが適度に抑制され、中高域が太く、低域はどっしりとしたマスに支えられた地味目なもの。このピアノをステージ前面ではなくアンサンブルの後方に配置し、全体に音が馴染んで伝わるように録音したという。
この辺りのBWV1000番台を現代ピアノと現代オケにてロマン派風解釈で演奏した凡庸な例は割と多いのであるが、ちゃんとした譜面解釈と相応の時代考証を施した上でオリジナルに近い領域で現代性を追求した録音/演奏は殆どなかったと記憶する。新しいチャレンジとして大いに歓迎できるものである。
(録音評)
Virgin Classics 0871092 (50999 087109 2 5)、デジパック仕様の通常CD。尚、ジュエルボックス仕様(0709132)も併売されている。録音は20101年9月9-14日、場所はSalle Raoul-Jobin, Palais Montcalm, Québec, Canadaとある。音質はEMIらしい透明度の高いもので、ここにVirgin向けの特有の香しいフレーバーが軽く付加されているようだ。空間に漂うル・ヴィオロン・ドゥ・ロワの弦楽隊は前後関係を保った状態で立体的な配置を示し、そしてそれらに包まれるように仄かに奥ゆかしくタローのピアノが中央の奥寄りに鳴る。エコー成分は豊かで、アンサンブルはフローラルであるが、ピアノは地味でくすんだ風情であり、これはうまい対比だと思う。聴きやすい演出が施されてはいるが、かなり優秀な録音である。
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