J.S.Bach: Goldberg Variations BWV988@Alexander Gurning |
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Bach, J S: Goldberg Variations, BWV988
Alexander Gurning (piano)
J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲 BWV.988
アレクサンダー・グルニング(ピアノ)
このゴルドベルクの録音はリフレインが全くない、或いは殆どない(=緻密には譜読みしていないので・・)短縮版であるため、SACDハイブリッド一枚で収まっている。冒頭のアリアはピアノの特性を削ぎ落としたような静的でゆったりとした入りである。このアリアを聴くとこの後にはやはり物静かで耽美に耽るが如くの緩徐な展開が続くのであろうか、と感じさせられるのであるが、実は第一変奏からそうでないことに気がつく。この人は尋常ならざるエモーションの持ち主であり、おそらくゴルドベルクだけではなくバッハが好きなんだろうと思う。バッハやゴルドベルクというとグールドを思い浮かべる人が多いと思うのであるが、それに類似したなかなかに独特な世界を構築している。
この作品は長いので、全ての変奏につきコメントすることは出来ないが、特徴をいくつか掻い摘むと、まず、直進的な解釈であってアゴーギクによる緩慢な情感表現は挟まれないということ。次に、運指がとても速いということで、つんのめりながら急ぎ足で走っていく感じが強いこと。そして他のどのゴルドベルクよりもデュナーミクが強く、強弱方向の綿密な出し入れがされていること。尚、デュナーミクはこの作品が生まれた頃にはクラヴィーアにおいては不可能な技法であって、現代ピアノであるからこそ成し得る技である。
グルニングという人はポーランド人とインドネシア人を親に持つベルギー生まれのピアニストで、ブリュッセル王立音楽院で学んだ後はモスクワ音楽院に移動してレフ・ナウモフ、ヴィクトル・メルジャーノフに師事する。実は不勉強でこういったピアニストがいたこと自体知らなかった。ライナーによれば彼はクラシックだけではなくコンテンポラリーやジャズにも指向して活動をしており、それぞれの領域において非凡な才能を発露しているという。
デュナーミクは確かにジャズ風のアクセントともとれるものであるが、時間軸方向の揺らしは殆どないのでジャズ的な奏法を規範としたものではなくて彼固有のバッハ解釈と捉えるべきなのであろう。非常に高速で駆け抜ける演奏ではあるが緊迫感や厳めしさは全くなくてそれなりに音世界に遊べるゴルドベルクであってこれはこれでちょっと特異な世界を築き上げていると言えよう。
最後のアリアに回帰すると再び静謐な冒頭の表現方法へと戻り、ポロンポロンと爪弾かれるリュート、もしくはガンバの音色のような中で静かな終息を迎える。
現代ピアノによるバッハとしては個性派に属する方の録音で、なるほどと頷ける部分がある作品だ。ゴルドベルクのCDが数多くリリースされた2011年だが、このCDはクールで極めて現代的、そしてピアノの機構的特質を巧妙に引き出した面白い演奏である。
(録音評)
avanti classic 5414706 10372、録音は2011年4月19-21日、場所はFlagey Studio 1, Brusselsとある。録音はavantiらしい直截なもので、アンビエント成分を極力抑えたデットな音だ。どうも、Flagey Studio 1はそれなりの音響性能を備えた多目的小ホールらしいのだが、マイクアングルはオン気味で、ステージや周辺空間の音は出来るだけ拾わず、ピアノという楽器にフォーカスしたアングルを採用したようだ。若めのスタインウェイの響版、そしてハンマーがスチール弦を捉える瞬間、それがダンパーによって抑圧される瞬間などが克明に捉えられている。小さな空間で聴くグランドピアノの音はこういった息遣いが聞こえるものであり、このCDは、大ホールで打ち鳴らされる大音響ではない、極めて私的な空間におけるピアノの音を如実に捉えている。演奏も特異だが録音も極めて特異なプレゼンスを持っている。最後になるが、音質は極めて優秀、先例にない鮮烈なものと言っておこう。可能な限りSACDレイヤーを聴くべき。チャレンジしたい人は失敗を覚悟の上で取り組んで欲しい。
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