Abendmusik@Claire Désert |
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Abendmusik
Robert Schumann: Bunte Blätter, Op.99
Clara Schumann: Variations sur un thème de Robert Schumann, Op.20
Johannes Brahms: Variations on a theme by Schumann in F sharp minor, Op.9
Claire Désert (piano)
・シューマン:色とりどりの小品Op.99
・クララ・シューマン:ロベルト・シューマンの主題による変奏曲Op.20
・ブラームス:シューマンの主題による変奏曲 Op.9
クレール・デゼール(ピアノ)
このアルバムのタイトルはAbendmusikとなっており、ジャケット表面には作曲家の名前は小さくクレジットされているだけである。その理由は、ロベルト・シューマンのコンピレーション作品集であるBunte Blätter(邦題=色とりどりの小品)を先頭に置きつつも、その中に含まれるある一曲の主題をクララ・ヴィーク(シューマンの妻=クララ)とヨハネス・ブラームスが変奏曲として膨らませて書き下ろした作品がこのアルバムのテーマであるからだ。つまり、シューマンだけではなくてその時代の著名作家の足跡を紹介するという意図があったということ。
シューマンとクララの夫婦関係は言うに及ばず、ブラームスとロベルト、そしてクララとブラームスの関係は親密にして濃厚であったと言われている。クララとブラームスは、ロベルトが精神を病んで自己の見境がつかなくなった後に特定の親密関係に陥ったと噂されるほど仲が良かったとされるが、その特定関係を証明する物証は一切残されていない。現在のところそれは当時からのスキャンダル好きな人々が囃し立てた一種のロマンス信仰だったと言う説が有力だ。
そんなつまらない噂を払拭するに値する一角をこのアルバムで担っている。シューマンのOp.99は以下の小曲から構成されている。アルバムタイトルは第12曲目である。
1 3つの小品 第1曲 Drei Stucklein: I. Nicht schnell, mit Innigkeit
2 3つの小品 第2曲 Drei Stucklein: II. Sehr rasch
3 3つの小品 第3曲 Drei Stucklein: III. Frisch
4 5つの音楽帳 第1曲 Funf Albumblatter: I. Ziemlich langsam
5 5つの音楽帳 第2曲 Funf Albumblatter: II. Schnell
6 5つの音楽帳 第3曲 Funf Albumblatter: III. Ziemlich langsam, sehr gesangvoll
7 5つの音楽帳 第4曲 Funf Albumblatter: IV. Sehr langsam
8 5つの音楽帳 第5曲 Funf Albumblatter: V. Langsam 1m30s
9 ノヴェレッテ Novellette
10 前奏曲 Praludium
11 行進曲 Marsch
12 夕べの音楽 Abendmusik
13 スケルツォ Scherzo
14 速い行進曲 Geschwindmarsch
しかし、クララとブラームスが自分の変奏曲の主題として取ったのは4曲目、即ちFunf Albumblatterの冒頭Ziemlich langsam(ツィームリヒ・ラングザム=速度記号であり、かなり遅く、という意)である。この、物悲しく、そして孤独に対して屹立するような確固たる旋律は素晴らしい。これはシューマンのシューマンたる存在感を示す傑作だ。以前から繰り返し書いている通り、シューマンは最低限度の少ない音数で多くの印象や心証を描ききる才能を持った希有の作曲家であり、例えばモーツァルトやベートヴェン、同時代のショパンが多くの和声と多岐に渡る旋律展開を駆使してロマンチシズムを表出したのとは比較することが到底不可能な簡素化の美学が貫かれているのだ。
そのツィームリヒ・ラングザムをクララが引き継ぐと、なんとも艶やかにして素直、そして暖かな印象を醸すふくよかさが伝わってくるのだ。色々言われているがクララは終生ロベルトを愛していたと如実に感じられる素晴らしい変奏曲だ。ところが、この同じ主題を引き継いだブラームスのOp.9はクララとは異なる屈曲した展開を見せる。かなり斜(はす)に構えた編曲だが、そこはブラームスらしくドラマティック、そして深い味わいを残しつつ独特の翳りも付加して特異な小品を並べていくのだ。主題がどのように変奏されているかが明確には分からなくなるまで独創的な展開が続くが、後半の再現部に至ると、なるほど、こういった展開だったのか・・、と気付かされる安心の進行だ。
デゼールのピアノは、これらの襞深い作品群を弾くには傑出しており、これは素晴らしいの一言だ。あとから掻き集めたとされるロベルトの小品集だが、そこには物語性が注入されている佳作であり、そうそう簡単には弾きこなせない重みがあるし、また関連するクララやブラームスの変奏曲集だってロベルトの当時の心象風景と、彼に向けられた妻・親友の暖かい心根を抜きには解釈不可能な作品と思われるのだ。そういった考証的な見地からも希少なアルバムと言える。これはお勧めだ。
(録音評)
MIRARE、MIR115、通常CD。録音はちょっと前で2009年11月、場所はMIRAREの常連、La Ferme de Villefavard(仏リムザン)である。恐らくは備え付けのベヒシュタインであろう。コンパクトなホールに深いアンビエントが冴え渡り、作品の完成度にもまして音響的にも素晴らしい出来映えとなっている。優秀録音であるだけではなく演奏も素晴らしい。こういったアーティスティックな作品を一枚でも多く聴いて心を満たしていきたいものである。
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