2011年 03月 20日
地震 そして帰宅難民 - Part 6 |
横浜銀行妙蓮寺支店の前を通りかかった。ATMコーナーには電気は点いていたが取扱は行っていないようで、ダメだった・・と話ながら出てくる二人連れとすれ違った。彼らもまた川崎・東京方面を目指しているのであろうか。
オーケーストアの入り口の階段を上ったところでうずくまっている女性がいた。相当に苦しそうだったので駆け寄った。足がつっていて、また足の裏が痛くて感覚が薄れているそうだ。叩きにぺたりと座って足を真っ直ぐに伸ばす様に助言する。ちょっと横にいて話をすると気が紛れる様子だ。なんでも都内から一人で歩いてここまでやってきたという。
ヒールの低いパンプスを履いていた。とりあえず脱ぐように言ったが自力では腕も回せなく難しそうだった。踵の部分を掴んで脱がせようとしたが浮腫んでいてなかなか脱げなかった。が、なんとか脱げた爪先のストッキングは穴が開いていて親指の爪の根本が皮下出血している様だった。冷たい空気が当たって気持ちよいと言っていた。これからどうするのか? と聞いたところ、保土ヶ谷区の自宅を目指すのだという。反町まで抜けてから横浜新道に入るとそう遠くはないという。
この場所は妙蓮寺駅のホームが近いので駅構内のアナウンスがダイレクトに聞こえるのだが、どうやら武蔵小杉と横浜駅の間で折り返し運転を始めるらしい。一緒に聞いていた彼女はひとまず妙蓮寺駅に行くという。電車が動いてからでも遅くはないと言ったがどうしても行くという。腕を出して掴まらせると、なんとか靴を履いて起きあがれた。そして、ゆっくりと歩き出す。距離にして200メートルくらいだが足を引きずる彼女を妙蓮寺駅の下りの改札前まで連れて行った。駅には運転再開を待つ人が溢れていてごった返していたが、そこを掻き分けて彼女は乗り場へと進んでいった。全開されて機能停止している自動改札機を通り、ちょっと奥のベンチまで連れて行った。幸いな事にそこには誰もいなくて空いているベンチに彼女を座らせた。
小さく手を振って、もういいですよ、ここまで来られればあとは大丈夫、という疲れ果てた顔の彼女をそこに置いて帰路についた。恐らく、数十分後に運行再開される東横線には何本か見送れば乗車できるであろう。そして横浜駅に着いた後、接続列車があるならば相鉄で、最悪は歩いても1時間くらいで自宅へは辿り着けるであろう・・・。
改札を出て踏切を渡る時、相当に距離はあるがベンチに腰掛けている彼女がこちらに向かって手を振っていた。私も大きく手を振ったのだった。
自宅に一人幽閉されている長女が気になった。今日は金曜日。冷蔵庫はじめ食材は一週間のうちで最も少なくなっている日であり、買い物が出来ていない我が家では、恐らく何も作れず、何も食べられていないはずだ。妙蓮寺駅前のセブンイレブンに入ったが、食べられるものは全て売り切れていた。とにかく何もない。水もその他飲料も空だ。隣のオリジン弁当に入ったら殆ど空だが鶏の唐揚げとサラダが少し残っていた。これらを買えるだけ買って帰路につく。
そのあと数分して自宅に着いた。時刻は22:15であった。玄関先で長女が出迎えてくれた。都内から歩いてきた事が信じられないという。嬉しいことに風呂を沸かしておいてくれ、なにはともあれ暖かい湯船に浸った。足がジンジンといっていて怠い。気が張っていたのが一気にほぐれたせいか身体のあちこちが痛い。
こうして私の帰宅難民としての3.11は終了したのだ。
(了)
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オーケーストアの入り口の階段を上ったところでうずくまっている女性がいた。相当に苦しそうだったので駆け寄った。足がつっていて、また足の裏が痛くて感覚が薄れているそうだ。叩きにぺたりと座って足を真っ直ぐに伸ばす様に助言する。ちょっと横にいて話をすると気が紛れる様子だ。なんでも都内から一人で歩いてここまでやってきたという。
ヒールの低いパンプスを履いていた。とりあえず脱ぐように言ったが自力では腕も回せなく難しそうだった。踵の部分を掴んで脱がせようとしたが浮腫んでいてなかなか脱げなかった。が、なんとか脱げた爪先のストッキングは穴が開いていて親指の爪の根本が皮下出血している様だった。冷たい空気が当たって気持ちよいと言っていた。これからどうするのか? と聞いたところ、保土ヶ谷区の自宅を目指すのだという。反町まで抜けてから横浜新道に入るとそう遠くはないという。
この場所は妙蓮寺駅のホームが近いので駅構内のアナウンスがダイレクトに聞こえるのだが、どうやら武蔵小杉と横浜駅の間で折り返し運転を始めるらしい。一緒に聞いていた彼女はひとまず妙蓮寺駅に行くという。電車が動いてからでも遅くはないと言ったがどうしても行くという。腕を出して掴まらせると、なんとか靴を履いて起きあがれた。そして、ゆっくりと歩き出す。距離にして200メートルくらいだが足を引きずる彼女を妙蓮寺駅の下りの改札前まで連れて行った。駅には運転再開を待つ人が溢れていてごった返していたが、そこを掻き分けて彼女は乗り場へと進んでいった。全開されて機能停止している自動改札機を通り、ちょっと奥のベンチまで連れて行った。幸いな事にそこには誰もいなくて空いているベンチに彼女を座らせた。
小さく手を振って、もういいですよ、ここまで来られればあとは大丈夫、という疲れ果てた顔の彼女をそこに置いて帰路についた。恐らく、数十分後に運行再開される東横線には何本か見送れば乗車できるであろう。そして横浜駅に着いた後、接続列車があるならば相鉄で、最悪は歩いても1時間くらいで自宅へは辿り着けるであろう・・・。
改札を出て踏切を渡る時、相当に距離はあるがベンチに腰掛けている彼女がこちらに向かって手を振っていた。私も大きく手を振ったのだった。
自宅に一人幽閉されている長女が気になった。今日は金曜日。冷蔵庫はじめ食材は一週間のうちで最も少なくなっている日であり、買い物が出来ていない我が家では、恐らく何も作れず、何も食べられていないはずだ。妙蓮寺駅前のセブンイレブンに入ったが、食べられるものは全て売り切れていた。とにかく何もない。水もその他飲料も空だ。隣のオリジン弁当に入ったら殆ど空だが鶏の唐揚げとサラダが少し残っていた。これらを買えるだけ買って帰路につく。
そのあと数分して自宅に着いた。時刻は22:15であった。玄関先で長女が出迎えてくれた。都内から歩いてきた事が信じられないという。嬉しいことに風呂を沸かしておいてくれ、なにはともあれ暖かい湯船に浸った。足がジンジンといっていて怠い。気が張っていたのが一気にほぐれたせいか身体のあちこちが痛い。
こうして私の帰宅難民としての3.11は終了したのだ。
(了)

by primex64
| 2011-03-20 23:31
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Comments(1)


NHK首都圏センターで記者をしておりますNNNNNNNと申します。突然コメントを差し上げて申し訳ございません。現在、クローズアップ現代という番組で、帰宅困難者対策についての取材を進めております。その中で、都内から横浜市まで実際に徒歩で帰宅された方を探しておりましたところ、こちらのブログを拝見いたしました。一度お話だけでも伺わせていただくことは可能でしょうか。お忙しいところ大変恐縮です。ご連絡いただければ幸いでございます。携帯000-0000-0000 nnnn.nnnn@nhk.or.jp
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