2011年 02月 02日
Résonance@Hélène Grimaud |
久し振りにDGの輸入盤を買った。昨年にリリースされ、そして、日本ツアーでも同等内容を扱ってセンセーショナルに喧伝されたコンセプチュアル・アルバムだ。その名もレゾナンス。

http://www.hmv.co.jp/product/detail/3909297
・モーツァルト:ピアノ・ソナタ第8番イ短調 K.310
・ベルク:ピアノ・ソナタ Op.1
・リスト:ピアノ・ソナタ ロ短調 S.178
・バルトーク:ルーマニア民俗舞曲 Sz.56
エレーヌ・グリモー(ピアノ)
このところグリモーはコンセプト・アルバムと伝統的選曲のアルバムを交互にリリースしているようだ。だいたい、デンオンからDGに移籍した時のファースト・アルバムがクレドで、これはこれで相当に物議を醸した作品だった。前回までのコンピレーション盤といえば、ちょっと仄暗いテーマ性をもったReflexion、そして前回のコンピレーションはBach vs Bach Transcribedという力作で、的の真ん中はちょっと外したが印象に残る佳作だった。
そして、昨年終わりにリリースされたこのレゾナンスだが、実はその真意が汲み取れず随分と長く往き復りの電車の中で聴き続けた。ライナーのコメントを読んでも暖簾に腕押し的な抽象的な文言しか見当たらずどうも漠としている。なぜ真意が分からなかったのか、だが、その原因の八割方は冒頭のモーツァルト、言うならばCollapsed Mozartにあるようだ。とにかくこれだけ破壊されたモーツァルトの8番ソナタは聴いたことがないし、非常に耳に障る気持ちの悪さなのだ。それに対して、次のアルバン・ベルクの気持ちよさは格別であって、この妙な落差はなんなのだ・・? と、ずっと頭の隅で考えていた。冒頭の変態モツに邪魔されて後続のプログラムに潜むグリモーの意図を平常心で聴き取ることが出来ていなかったと、後になって自分なりに分かって来て膝を打った。
つまり、ベルクのこの不世出のソナタを共鳴(レゾナンス)の中心周波数と決め、そして他の作品をこれに合わせて彼女流のチューニングを施し、なるべく一次高調波の範囲内で他の作品との調和を図ったというコンセプトだと感じ始めた。ベルクのこの作品はロ短調(=しかし通常の聴感ではほぼ無調性)、基本は3拍子系だがちょっと分かりづらい位の崩壊度合いで、新ウィーン楽派の作品中ではソフト路線として受け入れやすい曲想ではないだろうか。グリモーのこの解釈はとても馴染み易い透過性の高いもので、たゆたう音世界に思い切り身を任せて密かな快感を得ることが出来るのである。勿論、グリモーはベルクのこの単一楽章を非常に楽しげに、伸びやかに弾いている。
その次に配置しているのが、やはり単一楽章で書かれたリストのソナタなのだが、これが更に謎を深める原因となっていた。この不世出のソナタに関しては名演奏は数えれば切りがないほどある。しかし、ここでのグリモーの演奏は淡泊で冷涼、そしてあまり「やる気」が感じられない空虚感を湛えていて、やはり冒頭のモツ8番と同様、特筆するほど奇異で耳を峙ててしまうのだ。
それぞれの3曲は、それぞれに名曲であり銘々の名作家を代表する、いわば「とっておき」の名品なのだ。グリモーがそれぞれを「レゾナンス効果」抜きに解釈したらどういった演奏になっていたのかは明らかだ。それはそれで各々の趣を引き出した相当にレベルの高い演奏を繰り広げたことであろう。ところが、それを3曲並べたところでどうってことのない、つまり連関性のないつまらないコンピレーションとなったはずだ。
随分前だが、都内のあるイタリアンの名店で業界人同士で会食した時のことを回想した(ちょっと例示が悪いかも知れないが・・)。そのときは素材として鮪(まぐろ)に拘ったコースだった。鮪といえば日本料理、取り分け鮨には欠かせない素材であるが、これがイタリア風の調理でサーブされた時に最初に感じた軽い目眩と違和感と似た感じがこのアルバムの真相ではなかろうか。
小振りのサラダ(というかアピタイザーというか)は、オリーブ油に漬かったクロマグロの赤身のスライスを葉野菜に塗したもので、ちょっと残念な感じで戴いた。しかし食べ終わりにはそれなりに合うかもしれない、と感じ始めた。その次にサーブされたのはちょっと大きめのセルクルに入った加熱された鮪の中落ち(くじり身)で、頂上には本山葵おろしが添えられていた。それだけなら良かったのであるが、実はマグロはイタリアン・トマトの微塵切り、ローズマリーの粉末と和えられていた。メインディッシュはクロマグロの中トロ炙り刺身とスウィート・バジル、トマト、イベリコ豚ハムのサイコロ焼きなどを軽く和えた茹で上げパスタで、これはこれで非常に美味しかった。しかしやはり、なぜここまでして鮪なのか?との違和感は残った。
素材としてモーツァルト、アルバン・ベルク、リストと使っているが、シェフはあくまでもグリモー。そして彼女の見立てとレシピにより調理されたこの他流試合的なフルコースは美味しいといえばそうであろう。しかし、このコンセプトに共感、いや共鳴(~is resonant with)できない人には難解かつ違和感の残る作品ではないだろうか。鮪は鮨屋で食いたいし、イベリコ豚はイタリアンかスペイン・バールで食べたいと思う人にはちょっと辛い選択かも知れない。勿論、私はグリモーのハイセンスなレシピには満足する。翌日には下町の威勢の良い鮨屋に鮪をつまみに行くであろうが・・。
(録音評)
DGのユーロ盤、4778766、通常CD。録音は2010年9月、場所はベルリンのRundfunkZentrumとある。ということは、ペライアがバッハのパルティータを録ったホールと同じだ。このDG盤は最初から最後までエミール・ベルリーナ・スタジオの純正スタッフで録っていて、まさにDG帝国の威信を賭けた録音プロジェクトだったようだ。ピアノのブランドが良く分からないが綺麗な音ではある。普通のスタインウェイやベーゼン、ベヒシュタイン、プレイエル、ブリュートナーとも違うような気がするが・・。これは録音のせいかもしれないし、グリモーのタッチのせいかも知れずはっきりはしない。
音は悪くはないがピアノの定位がちょっと肥大していて強調気味。ホールのアンビエントはそれ程綺麗には入っておらず、残響成分はDSP処理で付けられたもののようだ。同じ場所で録られた盤ならば前出のペライアのソニー盤の方が明らかに自然かつふくよかで優秀だ。総合すれば音質的には凡庸なDG典型の録音といえる。だが、無駄な音を一度は全て切り取ってしまい、その上で綺麗に化粧を施した方が潔くて好きだ、という人には好感度大かも知れない。
1日1回、ここをポチっとクリック ! お願いします。

http://www.hmv.co.jp/product/detail/3909297
・モーツァルト:ピアノ・ソナタ第8番イ短調 K.310
・ベルク:ピアノ・ソナタ Op.1
・リスト:ピアノ・ソナタ ロ短調 S.178
・バルトーク:ルーマニア民俗舞曲 Sz.56
エレーヌ・グリモー(ピアノ)
このところグリモーはコンセプト・アルバムと伝統的選曲のアルバムを交互にリリースしているようだ。だいたい、デンオンからDGに移籍した時のファースト・アルバムがクレドで、これはこれで相当に物議を醸した作品だった。前回までのコンピレーション盤といえば、ちょっと仄暗いテーマ性をもったReflexion、そして前回のコンピレーションはBach vs Bach Transcribedという力作で、的の真ん中はちょっと外したが印象に残る佳作だった。
そして、昨年終わりにリリースされたこのレゾナンスだが、実はその真意が汲み取れず随分と長く往き復りの電車の中で聴き続けた。ライナーのコメントを読んでも暖簾に腕押し的な抽象的な文言しか見当たらずどうも漠としている。なぜ真意が分からなかったのか、だが、その原因の八割方は冒頭のモーツァルト、言うならばCollapsed Mozartにあるようだ。とにかくこれだけ破壊されたモーツァルトの8番ソナタは聴いたことがないし、非常に耳に障る気持ちの悪さなのだ。それに対して、次のアルバン・ベルクの気持ちよさは格別であって、この妙な落差はなんなのだ・・? と、ずっと頭の隅で考えていた。冒頭の変態モツに邪魔されて後続のプログラムに潜むグリモーの意図を平常心で聴き取ることが出来ていなかったと、後になって自分なりに分かって来て膝を打った。
つまり、ベルクのこの不世出のソナタを共鳴(レゾナンス)の中心周波数と決め、そして他の作品をこれに合わせて彼女流のチューニングを施し、なるべく一次高調波の範囲内で他の作品との調和を図ったというコンセプトだと感じ始めた。ベルクのこの作品はロ短調(=しかし通常の聴感ではほぼ無調性)、基本は3拍子系だがちょっと分かりづらい位の崩壊度合いで、新ウィーン楽派の作品中ではソフト路線として受け入れやすい曲想ではないだろうか。グリモーのこの解釈はとても馴染み易い透過性の高いもので、たゆたう音世界に思い切り身を任せて密かな快感を得ることが出来るのである。勿論、グリモーはベルクのこの単一楽章を非常に楽しげに、伸びやかに弾いている。
その次に配置しているのが、やはり単一楽章で書かれたリストのソナタなのだが、これが更に謎を深める原因となっていた。この不世出のソナタに関しては名演奏は数えれば切りがないほどある。しかし、ここでのグリモーの演奏は淡泊で冷涼、そしてあまり「やる気」が感じられない空虚感を湛えていて、やはり冒頭のモツ8番と同様、特筆するほど奇異で耳を峙ててしまうのだ。
それぞれの3曲は、それぞれに名曲であり銘々の名作家を代表する、いわば「とっておき」の名品なのだ。グリモーがそれぞれを「レゾナンス効果」抜きに解釈したらどういった演奏になっていたのかは明らかだ。それはそれで各々の趣を引き出した相当にレベルの高い演奏を繰り広げたことであろう。ところが、それを3曲並べたところでどうってことのない、つまり連関性のないつまらないコンピレーションとなったはずだ。
随分前だが、都内のあるイタリアンの名店で業界人同士で会食した時のことを回想した(ちょっと例示が悪いかも知れないが・・)。そのときは素材として鮪(まぐろ)に拘ったコースだった。鮪といえば日本料理、取り分け鮨には欠かせない素材であるが、これがイタリア風の調理でサーブされた時に最初に感じた軽い目眩と違和感と似た感じがこのアルバムの真相ではなかろうか。
小振りのサラダ(というかアピタイザーというか)は、オリーブ油に漬かったクロマグロの赤身のスライスを葉野菜に塗したもので、ちょっと残念な感じで戴いた。しかし食べ終わりにはそれなりに合うかもしれない、と感じ始めた。その次にサーブされたのはちょっと大きめのセルクルに入った加熱された鮪の中落ち(くじり身)で、頂上には本山葵おろしが添えられていた。それだけなら良かったのであるが、実はマグロはイタリアン・トマトの微塵切り、ローズマリーの粉末と和えられていた。メインディッシュはクロマグロの中トロ炙り刺身とスウィート・バジル、トマト、イベリコ豚ハムのサイコロ焼きなどを軽く和えた茹で上げパスタで、これはこれで非常に美味しかった。しかしやはり、なぜここまでして鮪なのか?との違和感は残った。
素材としてモーツァルト、アルバン・ベルク、リストと使っているが、シェフはあくまでもグリモー。そして彼女の見立てとレシピにより調理されたこの他流試合的なフルコースは美味しいといえばそうであろう。しかし、このコンセプトに共感、いや共鳴(~is resonant with)できない人には難解かつ違和感の残る作品ではないだろうか。鮪は鮨屋で食いたいし、イベリコ豚はイタリアンかスペイン・バールで食べたいと思う人にはちょっと辛い選択かも知れない。勿論、私はグリモーのハイセンスなレシピには満足する。翌日には下町の威勢の良い鮨屋に鮪をつまみに行くであろうが・・。
(録音評)
DGのユーロ盤、4778766、通常CD。録音は2010年9月、場所はベルリンのRundfunkZentrumとある。ということは、ペライアがバッハのパルティータを録ったホールと同じだ。このDG盤は最初から最後までエミール・ベルリーナ・スタジオの純正スタッフで録っていて、まさにDG帝国の威信を賭けた録音プロジェクトだったようだ。ピアノのブランドが良く分からないが綺麗な音ではある。普通のスタインウェイやベーゼン、ベヒシュタイン、プレイエル、ブリュートナーとも違うような気がするが・・。これは録音のせいかもしれないし、グリモーのタッチのせいかも知れずはっきりはしない。
音は悪くはないがピアノの定位がちょっと肥大していて強調気味。ホールのアンビエントはそれ程綺麗には入っておらず、残響成分はDSP処理で付けられたもののようだ。同じ場所で録られた盤ならば前出のペライアのソニー盤の方が明らかに自然かつふくよかで優秀だ。総合すれば音質的には凡庸なDG典型の録音といえる。だが、無駄な音を一度は全て切り取ってしまい、その上で綺麗に化粧を施した方が潔くて好きだ、という人には好感度大かも知れない。
1日1回、ここをポチっとクリック ! お願いします。
by primex64
| 2011-02-02 00:39
| Solo - Pf
|
Trackback
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Comments(2)
はじめまして。
貴ブログを2年ほど見ているものです。私も音楽を愛するものでありますが、経済的に満足な装置を揃えられず、自作スピーカーや中華アンプで貧乏オーディオを楽しんでいるものです。
今回のグリモーのアルバムはこちらのエントリーのように私もいろいろな意味で思うことがありました。
ベルクは本当に秀逸で、私の貧相な装置でも感銘を受けたほどでした。
またお邪魔します。失礼いたしました。
貴ブログを2年ほど見ているものです。私も音楽を愛するものでありますが、経済的に満足な装置を揃えられず、自作スピーカーや中華アンプで貧乏オーディオを楽しんでいるものです。
今回のグリモーのアルバムはこちらのエントリーのように私もいろいろな意味で思うことがありました。
ベルクは本当に秀逸で、私の貧相な装置でも感銘を受けたほどでした。
またお邪魔します。失礼いたしました。
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ピースうさぎ さん
長年に渡りMusicArenaをご愛顧たまわり、誠にありがとうございます。ベルク、良い出来映えですよね。グリモーのアルバムは精神性というか概念性というか、世間に一石を投じる内容で面白いですよね。
またお越し下さいませ~!
長年に渡りMusicArenaをご愛顧たまわり、誠にありがとうございます。ベルク、良い出来映えですよね。グリモーのアルバムは精神性というか概念性というか、世間に一石を投じる内容で面白いですよね。
またお越し下さいませ~!




