2011年 01月 12日
Debussy: L'Isle joyeuse Etc@Hiroyo Imagawa |
日本人演奏家のシリーズも終わりに近づく。今回は今川裕代という福井県出身のピアニストだ。レーベルはClassical Lineといい、io-factoryという画像制作会社の吉川洋一郎氏が個人的に始めた、今川の実質的なプライベート・レーベルと思われるところ。

http://www.hmv.co.jp/product/detail/3931489
ドビュッシー:
・映像第1集
・2つのアラベスク
・バラード
・映像第2集
・喜びの島
・忘れられた映像
・夢
・舞曲(スティリー風タランテラ)
・レントより遅く
今川裕代(Pf)
この人のドビュッシーは常識を覆す太く激しく直截的な解釈と演奏であり、何度もかけたがどうも耳に馴染んでこない。別にヘタだとか不快だとかではないのだが世の中的なドビュッシー、いやフランス印象楽派の演奏としては余りに異端であり、違和感の緩和に時間がかかっているだけだと思う。
演奏は文句なくじょうずだ。しかも熱意のある真摯で求道的なドビュッシーなのだ。ここまで力を籠めてストレートに弾き込んだドビュッシーは初めて聴いたと思う。それでもアラベスク第一曲は、今川は苦心惨憺した挙げ句、かなり抑制的に、しかもテンポも抑え気味に自重して弾いていてこれに関しては色彩の中間的表現とマイクロスコピックに棚引く時間軸の揺らぎをそれなりに旨く表現していると思う。だが、やはり天性と言うべきか、野太く容赦のない強打がそこかしこに見え隠れする。
アルバムタイトルにもなっている喜びの島だが、これまたパワフルかつ直進性の強いストレート解釈であり、本来の曲想である明るく嬉しく揺らめく様がちょっと力みすぎという感じがする。
絵画に例えると、ドビュッシーはモネやシスレーのように穏やかな風景の中に一閃する残像を描く印象画であるべきと思っている。この今川の、アクリルガッシュ絵の具を原色のままチューブから絞り出してカンバスに強制的に塗り込んだような高濃度な演奏には違和感があるのだ。逆に言うと、印象派の絵画のような滑らかなドビュッシーを弾くピアニストは多く、古くはミケランジェリしかり、サンソン・フランソワしかり、現役では例えばキュートなアンヌ・ケフェレックや魔術的なパスカル・ロジェなどがあげられる。そういった一般論的な弾き方を超越したところに今川の魅力が見いだせるのであるならば、これは一聴の価値のある演奏と思われる。
このアルバムを何度も繰り返し聴いているうちに脳裏に浮かんだのは、このパワフルでひたむきな今川がベートーヴェンの中期~後期ソナタを弾き倒す姿なのだ。そう、この人の弾き方と天性の濃厚系アーティキュレーションは、本人には失礼かも知れないがドビュッシーやラヴェル、ショパン、そしてロシア系などではなくベートーヴェンのPソナタが最適だと思うのである。ベトPソナタと言えば、日本人演奏家では内田などを真っ先に連想するが、この人の持つエナジー感を巧く引き出して作品にアダプトするならば、その辺のベト弾きを蹴散らすのは簡単だろうと思うのであった。
蛇足だが、ラストのレントより遅くは良い出来だ。
(録音評)
Classical Lineレーベル、CLCD-1002、通常CD。録音は軽井沢の大賀ホール。そう、あのソニーの中興の祖(と言って良いのか・・?)、はたまたCDフォーマットの生みの親とも言われている大賀典雄が私財を投げ打って建造した音楽専用ホールである。そして、ピアノは大賀がどうしても、ということで手に入れたミケランジェリの演奏旅行専用スタインウェイだ。
音の質感は伝統的なPCM録音で、ぶ厚くピラミッドバランスを形成するこってりとした味わいだ。フェザータッチが特徴となる昨今のハイビット/ハイサンプリング、またビットマッピングによる弱音部の畳み込みなどを使っている風には思われないオーソドックスな質感だ。だが、音質も録音技法も割と優れていて、ホール、またはステージ上の空気感をDSD並みに巧く捉えている。恐らくマイクからマイクプリ、ADCからミキサー、録音機までよく吟味された経路と機材を使っているし、使いこなしもまた老練なのだろう。
演奏の好き嫌いは別として、国内企画の国内録音としては野心的な出来映えで、こういったのがどんどん出てくると日本の録音音楽シーンも明るさを取り戻すと思うのだが。
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http://www.hmv.co.jp/product/detail/3931489
ドビュッシー:
・映像第1集
・2つのアラベスク
・バラード
・映像第2集
・喜びの島
・忘れられた映像
・夢
・舞曲(スティリー風タランテラ)
・レントより遅く
今川裕代(Pf)
この人のドビュッシーは常識を覆す太く激しく直截的な解釈と演奏であり、何度もかけたがどうも耳に馴染んでこない。別にヘタだとか不快だとかではないのだが世の中的なドビュッシー、いやフランス印象楽派の演奏としては余りに異端であり、違和感の緩和に時間がかかっているだけだと思う。
演奏は文句なくじょうずだ。しかも熱意のある真摯で求道的なドビュッシーなのだ。ここまで力を籠めてストレートに弾き込んだドビュッシーは初めて聴いたと思う。それでもアラベスク第一曲は、今川は苦心惨憺した挙げ句、かなり抑制的に、しかもテンポも抑え気味に自重して弾いていてこれに関しては色彩の中間的表現とマイクロスコピックに棚引く時間軸の揺らぎをそれなりに旨く表現していると思う。だが、やはり天性と言うべきか、野太く容赦のない強打がそこかしこに見え隠れする。
アルバムタイトルにもなっている喜びの島だが、これまたパワフルかつ直進性の強いストレート解釈であり、本来の曲想である明るく嬉しく揺らめく様がちょっと力みすぎという感じがする。
絵画に例えると、ドビュッシーはモネやシスレーのように穏やかな風景の中に一閃する残像を描く印象画であるべきと思っている。この今川の、アクリルガッシュ絵の具を原色のままチューブから絞り出してカンバスに強制的に塗り込んだような高濃度な演奏には違和感があるのだ。逆に言うと、印象派の絵画のような滑らかなドビュッシーを弾くピアニストは多く、古くはミケランジェリしかり、サンソン・フランソワしかり、現役では例えばキュートなアンヌ・ケフェレックや魔術的なパスカル・ロジェなどがあげられる。そういった一般論的な弾き方を超越したところに今川の魅力が見いだせるのであるならば、これは一聴の価値のある演奏と思われる。
このアルバムを何度も繰り返し聴いているうちに脳裏に浮かんだのは、このパワフルでひたむきな今川がベートーヴェンの中期~後期ソナタを弾き倒す姿なのだ。そう、この人の弾き方と天性の濃厚系アーティキュレーションは、本人には失礼かも知れないがドビュッシーやラヴェル、ショパン、そしてロシア系などではなくベートーヴェンのPソナタが最適だと思うのである。ベトPソナタと言えば、日本人演奏家では内田などを真っ先に連想するが、この人の持つエナジー感を巧く引き出して作品にアダプトするならば、その辺のベト弾きを蹴散らすのは簡単だろうと思うのであった。
蛇足だが、ラストのレントより遅くは良い出来だ。
(録音評)
Classical Lineレーベル、CLCD-1002、通常CD。録音は軽井沢の大賀ホール。そう、あのソニーの中興の祖(と言って良いのか・・?)、はたまたCDフォーマットの生みの親とも言われている大賀典雄が私財を投げ打って建造した音楽専用ホールである。そして、ピアノは大賀がどうしても、ということで手に入れたミケランジェリの演奏旅行専用スタインウェイだ。
音の質感は伝統的なPCM録音で、ぶ厚くピラミッドバランスを形成するこってりとした味わいだ。フェザータッチが特徴となる昨今のハイビット/ハイサンプリング、またビットマッピングによる弱音部の畳み込みなどを使っている風には思われないオーソドックスな質感だ。だが、音質も録音技法も割と優れていて、ホール、またはステージ上の空気感をDSD並みに巧く捉えている。恐らくマイクからマイクプリ、ADCからミキサー、録音機までよく吟味された経路と機材を使っているし、使いこなしもまた老練なのだろう。
演奏の好き嫌いは別として、国内企画の国内録音としては野心的な出来映えで、こういったのがどんどん出てくると日本の録音音楽シーンも明るさを取り戻すと思うのだが。
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by primex64
| 2011-01-12 23:23
| Solo - Pf
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