Beethoven: P-Sonata #7, #8, #23@Ashkenazy |

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ベートーヴェン:
・ピアノ・ソナタ第7番ニ長調Op.10-3
・ピアノ・ソナタ第8番ハ短調Op.13『悲愴』
・ピアノ・ソナタ第23番へ短調Op.57『熱情』
ヴラディーミル・アシュケナージ(ピアノ)
1970年代後半、アシュケナージはベートーヴェンPソナタ・チクルス(全集)をDECCAに録っていた。そして、それが完成する間際、初期の幾つかの作品を録り直しした。このリメイクがどう言った理由によるかは今となっては分からない。
ベートーヴェンはクラヴィーア曲作家としては非常に多作家だったこともあって初期作品、中期作品、そして後期の作品とそれぞれが趣が大きく異なること、そして録音期間も相当な長期に渡ること、初期の作品に関してはチクルスが構想される以前の録音であった可能性が大きいこと、などが原因としては推測され、チクルスを終える時点で聴き直すと初期作品に対する解釈等が後期作品の翳りのあるハロー効果でもってブリリアント過ぎると映ったのかも知れないし、或いは若気の至りが散見される演奏に羞恥したのかも知れない。以上は勿論、想像であるが。
結果として、このチクルスに収録されたのは、1978年版の熱情、1979年版のOp.10-3、1980年版の悲愴であった。このチクルスはLPとCDで併売された時期があったけれど、その後CDの方が不滅の金字塔として現在に至っている。
この復刻版に入っている三つのソナタは、この録り直しの対象とされた作品たちであり、若き日のアシュケナージの息吹がそのまま入っている入魂の傑作集なのである。ずっと以前、LPレコードでこれらの初期連作を所有していた。しかし全部捨ててしまったので手許にはカセットテープにダビングしたものが幾つかあるだけである。それもそのはず、この盤がCDメディアでは初のリリースだそうで、今まで探しても見つからないのは当然のことだったのだ。
改めて聴き直すと、アシュケナージが中年から壮年期に入ってきて解釈と演奏技法が変化してきていたということに気が付く。我々が聴き慣れたアシュケナージのピアノの特徴はモデレートで穏健、かつ過度な情感を排除した透徹された旋律展開にあるのだが、ここで聴かれるピアノはまさに強烈なエナジーと嵐が吹きすさぶようなエモーションが全編に込められており、もとより完璧だった操鍵技巧と相俟って圧倒的な訴求力を見せ付けている。現在ではなりを潜めてしまったアゴーギクを短い周期で畳み掛けるように駆使し、もうこれ以上このピアノに何を弾かせるのであろうか? というほど限界に近い鳴らしかたをしているのだ。これこそ若い頃、LP盤に静かに針を降ろしては愉悦に浸っていたバイタルなアシュケナージがここにいるのであった。
(録音評)
DECCA Eloquenceレーベル、480 1309、通常CD。録音時期は1970年(第7番、第23番)、1972年(第8番)、場所はロンドン・オペラ・センター(第7番、第23番)、キングスウェイ・ホール(第8番)とある。いずれもLP時代に単独発売されていたものの復刻である。しかし、凄まじい音質であり、これがアナログマスターからの復刻版だとは俄には信じがたい超高音質である。スタインウェイの胴鳴りやペダリング、アシュケナージの気配感といい、とてもアナログレコーダーのディテールとは思われない、実にPCMっぽい録音なのだ。リマスタリング技術の進歩を思い知った。
演奏も超優秀だがが、音質もまた素晴らしく優秀な復刻盤であり、若き日のアシュケナージの完全無欠なベートーヴェンを聴きたい人には好適な一枚でもある。
