2010年 09月 19日
Schubert: Impromptu D899 Etc@Brigitte Engerer |
同じくDECCAのリマスターから、エンゲラーのシューベルト晩年作品、およびリストによるシューベルト歌曲からのトランスクリプションを集めたアルバム。

http://www.hmv.co.jp/product/detail/3836889
シューベルト:
・ハンガリー風のメロディ ロ短調D.817
・3つのピアノ小品(即興曲)D.946
・4つの即興曲D.899
リスト:(シューベルト歌曲からの編曲)
・水の上で歌う
・リタニー(「連祷 D343」から)
・糸を紡ぐグレートヒェン
・セレナーデ
ブリジット・エンゲラー(ピアノ)
エンゲラーの特異な歌心は現代ピアニストの中でも傑出しており、単なるピアノ独奏者の域を逸脱している感がある。室内楽や歌曲、合唱においては孤高の立ち位置を占めると言えようか。特に大規模合唱ものではエキルベイ/アクセンタスとの競演は数多く、彼女のピアノ伴奏部は第五のパート(即ちSop、Alt、Tenor、Bassの次の声域)を受け持つといっても過言でないほどの美しい共鳴を聴かせるのであった。
こうした歌心はどうやって醸成されてきたのか? そういった疑問にある程度答えているのがこのアルバムであり、エンゲラーの指向性が曲というより歌に向けられていることを証明しているのだ。
このアルバムは、前半はシューベルトの晩年に書かれた即興曲を、そして後半はリストが編曲したシューベルトの歌曲を並べた構成となっている。晩年作品に重点を置いた前半だが、いずれも即興曲という形態をとる自由で飛翔感の強い作品群であって、うら寂しさと勇壮さが交錯するとても印象深い作品たちだ。この中にあって特に凄いのがD.946(邦題=3つのピアノ小品)で、慟哭と安堵と歓喜が入り交じる、ピアノ独奏曲としては空前絶後の傑作の一つだ。D.946は近年ではエンゲラーの盟友、シュトロッセの名録音が記憶に残る。
これらの作品群(リスト編曲も含めて)に関しては、エンゲラーは最近になって同じようなテーマで同じような曲をMIRAREで録り直ししていて、たまたまこれも手許にある。双方を聴き比べてみたのであるが、驚いたことに基本的解釈はどこも変わっておらず、ただ齢を重ねたぶん解釈の襞、それと情感の間の埋め方が重層的になっているという変化点が認められるのみだ。
リスト・トランスクリプションでは、やはり白眉はリタニーだ。切々と、そしてどこか遠い目線で綴られるこの名曲にこれに関しては名演奏・名録音は数多いけれど、やはりこれは昔から良い出来映えだったことが頷ける。そういえば、彼女はエキルベイ/アクセンタスが合唱で歌う同曲の伴奏を務めていて、実は本人的にも十八番という意識があるのかも知れない。
プログラム内容も解釈も、そして籠められているエモーションの深さも、どれをとっても素晴らしい出来映えのアルバムである。こういった芸術性の薫り高いアルバム作品が日本国内で芳しいセールスが達成されないのは実に嘆かわしい文化的民度と言わざるを得ない。
(録音評)
DECCA 4803475、通常CD。録音は1983~1984年とされる。前回同様のDDD表記のデジタル・アップサンプリングによるリマスタ(トランスファー)と書いてある。音質は前作よりも数段優れており、この辺からはデジタル、いわゆるPCMの美点が特徴的に現れているのだ。相当にハイスピードなピアノがリアルに出現し、弦とダンパーの接点が見え透くようなディテールが克明に描かれる。プログラム内容もさることながら録音(リマスター技術)の優秀性も認められるバランスの良い盤だ。最新録音といわれても分からないほどではないだろうか(事実これよりも出来の悪い内国盤は掃いて捨てるほどある)。
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http://www.hmv.co.jp/product/detail/3836889
シューベルト:
・ハンガリー風のメロディ ロ短調D.817
・3つのピアノ小品(即興曲)D.946
・4つの即興曲D.899
リスト:(シューベルト歌曲からの編曲)
・水の上で歌う
・リタニー(「連祷 D343」から)
・糸を紡ぐグレートヒェン
・セレナーデ
ブリジット・エンゲラー(ピアノ)
エンゲラーの特異な歌心は現代ピアニストの中でも傑出しており、単なるピアノ独奏者の域を逸脱している感がある。室内楽や歌曲、合唱においては孤高の立ち位置を占めると言えようか。特に大規模合唱ものではエキルベイ/アクセンタスとの競演は数多く、彼女のピアノ伴奏部は第五のパート(即ちSop、Alt、Tenor、Bassの次の声域)を受け持つといっても過言でないほどの美しい共鳴を聴かせるのであった。
こうした歌心はどうやって醸成されてきたのか? そういった疑問にある程度答えているのがこのアルバムであり、エンゲラーの指向性が曲というより歌に向けられていることを証明しているのだ。
このアルバムは、前半はシューベルトの晩年に書かれた即興曲を、そして後半はリストが編曲したシューベルトの歌曲を並べた構成となっている。晩年作品に重点を置いた前半だが、いずれも即興曲という形態をとる自由で飛翔感の強い作品群であって、うら寂しさと勇壮さが交錯するとても印象深い作品たちだ。この中にあって特に凄いのがD.946(邦題=3つのピアノ小品)で、慟哭と安堵と歓喜が入り交じる、ピアノ独奏曲としては空前絶後の傑作の一つだ。D.946は近年ではエンゲラーの盟友、シュトロッセの名録音が記憶に残る。
これらの作品群(リスト編曲も含めて)に関しては、エンゲラーは最近になって同じようなテーマで同じような曲をMIRAREで録り直ししていて、たまたまこれも手許にある。双方を聴き比べてみたのであるが、驚いたことに基本的解釈はどこも変わっておらず、ただ齢を重ねたぶん解釈の襞、それと情感の間の埋め方が重層的になっているという変化点が認められるのみだ。
リスト・トランスクリプションでは、やはり白眉はリタニーだ。切々と、そしてどこか遠い目線で綴られるこの名曲にこれに関しては名演奏・名録音は数多いけれど、やはりこれは昔から良い出来映えだったことが頷ける。そういえば、彼女はエキルベイ/アクセンタスが合唱で歌う同曲の伴奏を務めていて、実は本人的にも十八番という意識があるのかも知れない。
プログラム内容も解釈も、そして籠められているエモーションの深さも、どれをとっても素晴らしい出来映えのアルバムである。こういった芸術性の薫り高いアルバム作品が日本国内で芳しいセールスが達成されないのは実に嘆かわしい文化的民度と言わざるを得ない。
(録音評)
DECCA 4803475、通常CD。録音は1983~1984年とされる。前回同様のDDD表記のデジタル・アップサンプリングによるリマスタ(トランスファー)と書いてある。音質は前作よりも数段優れており、この辺からはデジタル、いわゆるPCMの美点が特徴的に現れているのだ。相当にハイスピードなピアノがリアルに出現し、弦とダンパーの接点が見え透くようなディテールが克明に描かれる。プログラム内容もさることながら録音(リマスター技術)の優秀性も認められるバランスの良い盤だ。最新録音といわれても分からないほどではないだろうか(事実これよりも出来の悪い内国盤は掃いて捨てるほどある)。
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by primex64
| 2010-09-19 20:57
| Solo - Pf
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