2009年 07月 27日
J.S.Bach: Mass in D min. BWV232@Corboz/Ensemble Vo. & Instr. de Lausanne |
MIRAREの春の新譜でコルボ/ローザンヌのロ短調ミサ曲。今年のLFJで同一プログラムが演奏され好評を博したが、それに先立つ録音だ。
http://www.hmv.co.jp/product/detail/3533860
・J.S. バッハ:ミサ曲ロ短調 BWV.232
谷村由美子(ソプラノ)
ヴァレリー・ボナール(アルト)
セバスチャン・ドロイ(テノール)
クリスチャン・イムラー(バス)
ローザンヌ声楽・器楽アンサンブル
ミシェル・コルボ(指揮)
ロ短調ミサに関してはリヒター/ミュンヘン・バッハの一連のアナログ録音が有名だし、来日公演を録った盤も定番として売れた。だがそれは相当前の演奏であり昨今では余り耳にしていなかった。またコルボもロ短調ミサには昔から精力的に取り組んでいて、記憶が確かなら今回のこのMIRARE盤が3回目の録音になる。前回録音は1979年のエラートで今回と同じローザンヌを振ったものが割と著名。
この演奏は全く凄くないところが凄い。ゴルドベルクやパルティータ、ケフェレックの演奏の記事にも述べたが、バッハの作品はどのような楽器/解釈で演奏するのが良いのかは悩ましいところがある。敢えて言うなら、個人的にはこのところ曲想を大きく演出しない淡々としたバッハが好きだ。その点で言うとこのコルボのCDはそのニュートラルな規範のど真ん中にぴたりと収まっている。
淡々と、そして訥々とした対位法によって塗り重ねられて行く通常文はポスト・バロック時代の情念渦巻くミサ/レクイエムの作風とは大いに異なっていて、これはバッハならではの孤高の作品だ。それを透き通った、しかし僅かに暖色がかったコルボのレンズを透過して投影して見せるのである。無の境地とはこういった演奏のことを言うのであろうか。コルボと言えばフォーレのレクイエム(シンフォニア・ヴァルソヴィア)を思い出すが、やはりあの演奏と共通する何かがある。
演奏は全体に隙が無く、古楽編成のアンサンブル・オケは締まった演奏を聴かせる。またソリスト4人の歌唱技巧、声量とも申し分ない。特にコルボの秘蔵っ子とされる谷村由美子のふくよかで透明、大声量のソプラノが非常に印象的だ。第4部の終わりに挿入されるAgnus Dei(アニュス・デイ)を切々としたコントラルトで歌い上げるヴァレリー・ボナールの温度感の低い歌唱は超秀逸、フィナーレのDona nobis pacem(ドナ・ノビス・パチェム=我らに平安を与え賜え)は意味もなく鳥肌が立ってくる。演奏自体は激しい訳でも悲しい訳でもないが、なにか心の波長に共振するものがあるのかも知れない。
(録音評)
MIRARE、MIR081、通常CD。録音は2008年8月、La Ferme de Villefavard(仏リムザン地方)で、MIRAREが割と頻繁にピアノ録音に使う郊外音楽ホールであり、これまでエンゲラーやベレゾフスキー、ケフェレックらがここを使ってきた。
このCDは再生が難しい。最初の頃は分離が悪くて切れがなく、コーラスとソロが癒着し、そしてオケも平板のような拡がりのない響きだった。通常音量で何度か再生しているうちに見晴らしが突然良くなり、オケとコーラス隊が重層的に雛壇に並び、その前でソリストが生き生きと歌う姿が見えるようになった。木質系の自然な残響は少しばかり暖色系に振れているがとても気持ちの良い響きで、このホールの特質を良く引き出している録音だ。声楽アンサンブルの録音はHarmonia Mundi USAやnaiveが優秀なのだがMIRAREの声楽録音もまた素晴らしい。
1日1回、ここをポチっとクリック ! お願いします。
http://www.hmv.co.jp/product/detail/3533860
・J.S. バッハ:ミサ曲ロ短調 BWV.232
谷村由美子(ソプラノ)
ヴァレリー・ボナール(アルト)
セバスチャン・ドロイ(テノール)
クリスチャン・イムラー(バス)
ローザンヌ声楽・器楽アンサンブル
ミシェル・コルボ(指揮)
ロ短調ミサに関してはリヒター/ミュンヘン・バッハの一連のアナログ録音が有名だし、来日公演を録った盤も定番として売れた。だがそれは相当前の演奏であり昨今では余り耳にしていなかった。またコルボもロ短調ミサには昔から精力的に取り組んでいて、記憶が確かなら今回のこのMIRARE盤が3回目の録音になる。前回録音は1979年のエラートで今回と同じローザンヌを振ったものが割と著名。
この演奏は全く凄くないところが凄い。ゴルドベルクやパルティータ、ケフェレックの演奏の記事にも述べたが、バッハの作品はどのような楽器/解釈で演奏するのが良いのかは悩ましいところがある。敢えて言うなら、個人的にはこのところ曲想を大きく演出しない淡々としたバッハが好きだ。その点で言うとこのコルボのCDはそのニュートラルな規範のど真ん中にぴたりと収まっている。
淡々と、そして訥々とした対位法によって塗り重ねられて行く通常文はポスト・バロック時代の情念渦巻くミサ/レクイエムの作風とは大いに異なっていて、これはバッハならではの孤高の作品だ。それを透き通った、しかし僅かに暖色がかったコルボのレンズを透過して投影して見せるのである。無の境地とはこういった演奏のことを言うのであろうか。コルボと言えばフォーレのレクイエム(シンフォニア・ヴァルソヴィア)を思い出すが、やはりあの演奏と共通する何かがある。
演奏は全体に隙が無く、古楽編成のアンサンブル・オケは締まった演奏を聴かせる。またソリスト4人の歌唱技巧、声量とも申し分ない。特にコルボの秘蔵っ子とされる谷村由美子のふくよかで透明、大声量のソプラノが非常に印象的だ。第4部の終わりに挿入されるAgnus Dei(アニュス・デイ)を切々としたコントラルトで歌い上げるヴァレリー・ボナールの温度感の低い歌唱は超秀逸、フィナーレのDona nobis pacem(ドナ・ノビス・パチェム=我らに平安を与え賜え)は意味もなく鳥肌が立ってくる。演奏自体は激しい訳でも悲しい訳でもないが、なにか心の波長に共振するものがあるのかも知れない。
(録音評)
MIRARE、MIR081、通常CD。録音は2008年8月、La Ferme de Villefavard(仏リムザン地方)で、MIRAREが割と頻繁にピアノ録音に使う郊外音楽ホールであり、これまでエンゲラーやベレゾフスキー、ケフェレックらがここを使ってきた。
このCDは再生が難しい。最初の頃は分離が悪くて切れがなく、コーラスとソロが癒着し、そしてオケも平板のような拡がりのない響きだった。通常音量で何度か再生しているうちに見晴らしが突然良くなり、オケとコーラス隊が重層的に雛壇に並び、その前でソリストが生き生きと歌う姿が見えるようになった。木質系の自然な残響は少しばかり暖色系に振れているがとても気持ちの良い響きで、このホールの特質を良く引き出している録音だ。声楽アンサンブルの録音はHarmonia Mundi USAやnaiveが優秀なのだがMIRAREの声楽録音もまた素晴らしい。
1日1回、ここをポチっとクリック ! お願いします。
by primex64
| 2009-07-27 16:06
| Vocal
|
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Comments(1)
Commented
by
kawazukiyoshi at 2009-07-29 15:21
台湾ではパイプオルガンをたくさん聞かせてもらいました。
バッハの曲も多かったですねー。
すごい奥深い音楽がバッハにはありますね。
明後日日本に帰ります。
今日もスマイル
バッハの曲も多かったですねー。
すごい奥深い音楽がバッハにはありますね。
明後日日本に帰ります。
今日もスマイル
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