2009年 05月 19日
Ligeti: Lux Aeterna@Daniel Reuss/Cappella Amsterdam |
ハルモニア・ムンディの新譜からリゲティのルクス・エテルナと無伴奏Vaソナタ、その他だ。
http://www.hmv.co.jp/product/detail/2793486
・リゲティ:ルクス・エテルナ(永遠の光)
・リゲティ:ヘルダーリンによる3つの幻想曲
・リゲティ:無伴奏ヴィオラ・ソナタより第1,2,3楽章
・ロベルト・ヘッペナー:岩の(パウル・ツェラン詩)(全6曲)
スザンヌ・ヴァン・エルス(ヴィオラ)
カペラ・アムステルダム
ダニエル・ロイス(指揮)
カペラ・アムステルダムは1970年創立のオランダ・ベースの室内合唱団だが、常設合唱団としての活動はダニエル・ロイスを主席に招いた1990年頃からとされている。ロイスはリアス室内合唱団の指導を経て、しばしばMusicArenaに登場する(=ラフ晩祷で2008アワード・グランプリにも輝いた)エストニア・フィルハーモニック室内合唱団をここまで育て上げた人物だ。ロイスはカペラ・アムステルダムとともに昨今のLFJにも参加している。
ルクス・エテルナというとキューブリックの2001年宇宙の旅と言われる。今やSF古典と言って良いこの映画にはクラシック音楽がハイセンスに配されていて、一つはJシュトラウスの美しき青きドナウ、もう一つがRシュトラウスのツァラツストラはかく語りきの冒頭、そしてこのリゲティのルクス・エテルナなのだ。6曲から成るこの作品は一つのトラックに収められていて演奏時間は9分50秒ほど。
ところが並びがちょっと変則的で、1トラック目が無伴奏Vaソナタの1楽章、そして2トラック目がルクス・エテルナ、そして3トラック目に無伴奏Vaソナタの3楽章、4~6トラックがヘルダーリンによる3つの幻想曲、そして7トラック目が無伴奏Vaソナタの2楽章という風にソロVaと声楽が交互に来るように構成されている。
ルクス・エテルナはミサのコンムニオ(聖体拝領唱)を歌詞とし、トーン・クラスタ技法に立脚した無調性・無拍子の曲であり、リゲティ自身がマイクロ・ポリフォニーと称する手法で作曲されている。聴衆に対し純粋に和声だけを味わわせようという試みのようで、人間の音楽関知メカニズムをことごとく欺くために色々な工夫を凝らしている。
まず、小節の入りだが無音から極めて緩やかなクレッシェンドによりクラスタがふわっと立ち上がってくる。これにより旋律感を悟られないように和声感だけを感じるクラスタ(狭音域への音階の密集)パートへと聴衆をダイレクトに導く。次に拍子感を悟られないように3連符と5連符および不規則なトリルを同時進行で多用することで、敢えて割り切れない連続性を前面に押し出していることが挙げられる。鋭く短い規則的な休符を排除することで明確な拍を感じさせず、その代わりに拍をパルス幅の濃淡表現へと変換しているとも言える技法だ。
これらのエフォートを注いだ結果、オーロラが規則的とも不規則的ともつかない揺らぎを伴いながら連続的に自身の色彩と姿を変化させるような幻想的なモーションを歌唱だけで表現しているのだ。夢遊し浮遊する空間感とともに不安定だが急峻ではないローリング動作を繰り返す無重力空間に置かれた自分自身の姿を脳裏に投影するかの不思議な体験ができるのだ。鬼才キューブリックがこれにインスパイアされた気持ちは理解できる。
分断されつつ配置されている無伴奏Vaソナタだが、これは音階を伴った有調性・有拍子の作品だ。1楽章は「シャボン玉飛んだ」の冒頭を想起させられる、どことなく懐かく儚く美しい旋律が繰り返される。この「懐かしさ」と「儚さ」はどこから来るかというと、通常の平均律とは異なる旋法(=Lydian mode、Mixolydian mode)、即ち純正律(=自然倍音の順序で並べた音階)を用いているからだ。リゲティ自身の述懐でも倍音列の使用を演奏者に強制するという下りがある。以下にこれを要約すると「この曲はC線だけで禁欲的に弾くように作った。それは、あるリサイタルでタベア・ツィンマーマンがC線を弾くのを聴いてその美しい音色に心奪われた。その音がヴィオラ・ソナタを着想する起点となった。(中略)平均律から逸脱させるため指使いを故意に調整するようヴィオラ奏者に求めている。現れる音はその効能で神秘的かつ異質なものとなる」だそうだ。
事実、この曲を聴いていると特定の音が調子外れに聞こえるのがよく分かる。仮に440Hzから始まる長調スケール、即ちイ長調を想定した場合、ミの音が少し低く、そしてソの音がちょっとだけ高く、シの音がかなり高く感じるのだ。それが何となく「三丁目の夕日」的な懐かしさと儚さに繋がっているのだ。そして残念だが、最終的にはシャボン玉は「飛ばずに」消えて終わる。
他には同時代のロベルト・ヘッペナーの作品もバンドルされ、ボーナストラックには聖体拝領唱の残りの歌詞=リベラ・メ・ドミネ(作者不詳の聖歌)が入っている。
(録音評)
Harmonia Mundi(France)、HMC901985、通常CD。録音は2007年(デジタル)とある。深みがあり、かつ重心がどっぷりとした渋い音作りである。およそ色彩感というものが感じられず、色彩感豊かな作品と演奏を透過的に映し出している。媒体の音質としては完全な黒子に回った理想的なフラット基調と言えようか。
(あとがき)
録音レーベルとしてハルモニア・ムンディを名乗り、そして音源をリリースしている会社は、ドイツ・ハルモニア・ムンディ、それにこのフランスのハルモニア・ムンディ、そしてフランスの出店、ハルモニア・ムンディUSAと三つあるわけだ。どのレーベルも非常に安定した音質で好ましいが、それぞれの音質には特徴がある。フランスは通常CDだけのリリースを続けているのだが、特に落ち着いた渋い音調が素晴らしい。
1日1回、ここをポチっとクリック ! お願いします。
http://www.hmv.co.jp/product/detail/2793486
・リゲティ:ルクス・エテルナ(永遠の光)
・リゲティ:ヘルダーリンによる3つの幻想曲
・リゲティ:無伴奏ヴィオラ・ソナタより第1,2,3楽章
・ロベルト・ヘッペナー:岩の(パウル・ツェラン詩)(全6曲)
スザンヌ・ヴァン・エルス(ヴィオラ)
カペラ・アムステルダム
ダニエル・ロイス(指揮)
カペラ・アムステルダムは1970年創立のオランダ・ベースの室内合唱団だが、常設合唱団としての活動はダニエル・ロイスを主席に招いた1990年頃からとされている。ロイスはリアス室内合唱団の指導を経て、しばしばMusicArenaに登場する(=ラフ晩祷で2008アワード・グランプリにも輝いた)エストニア・フィルハーモニック室内合唱団をここまで育て上げた人物だ。ロイスはカペラ・アムステルダムとともに昨今のLFJにも参加している。
ルクス・エテルナというとキューブリックの2001年宇宙の旅と言われる。今やSF古典と言って良いこの映画にはクラシック音楽がハイセンスに配されていて、一つはJシュトラウスの美しき青きドナウ、もう一つがRシュトラウスのツァラツストラはかく語りきの冒頭、そしてこのリゲティのルクス・エテルナなのだ。6曲から成るこの作品は一つのトラックに収められていて演奏時間は9分50秒ほど。
ところが並びがちょっと変則的で、1トラック目が無伴奏Vaソナタの1楽章、そして2トラック目がルクス・エテルナ、そして3トラック目に無伴奏Vaソナタの3楽章、4~6トラックがヘルダーリンによる3つの幻想曲、そして7トラック目が無伴奏Vaソナタの2楽章という風にソロVaと声楽が交互に来るように構成されている。
ルクス・エテルナはミサのコンムニオ(聖体拝領唱)を歌詞とし、トーン・クラスタ技法に立脚した無調性・無拍子の曲であり、リゲティ自身がマイクロ・ポリフォニーと称する手法で作曲されている。聴衆に対し純粋に和声だけを味わわせようという試みのようで、人間の音楽関知メカニズムをことごとく欺くために色々な工夫を凝らしている。
まず、小節の入りだが無音から極めて緩やかなクレッシェンドによりクラスタがふわっと立ち上がってくる。これにより旋律感を悟られないように和声感だけを感じるクラスタ(狭音域への音階の密集)パートへと聴衆をダイレクトに導く。次に拍子感を悟られないように3連符と5連符および不規則なトリルを同時進行で多用することで、敢えて割り切れない連続性を前面に押し出していることが挙げられる。鋭く短い規則的な休符を排除することで明確な拍を感じさせず、その代わりに拍をパルス幅の濃淡表現へと変換しているとも言える技法だ。
これらのエフォートを注いだ結果、オーロラが規則的とも不規則的ともつかない揺らぎを伴いながら連続的に自身の色彩と姿を変化させるような幻想的なモーションを歌唱だけで表現しているのだ。夢遊し浮遊する空間感とともに不安定だが急峻ではないローリング動作を繰り返す無重力空間に置かれた自分自身の姿を脳裏に投影するかの不思議な体験ができるのだ。鬼才キューブリックがこれにインスパイアされた気持ちは理解できる。
分断されつつ配置されている無伴奏Vaソナタだが、これは音階を伴った有調性・有拍子の作品だ。1楽章は「シャボン玉飛んだ」の冒頭を想起させられる、どことなく懐かく儚く美しい旋律が繰り返される。この「懐かしさ」と「儚さ」はどこから来るかというと、通常の平均律とは異なる旋法(=Lydian mode、Mixolydian mode)、即ち純正律(=自然倍音の順序で並べた音階)を用いているからだ。リゲティ自身の述懐でも倍音列の使用を演奏者に強制するという下りがある。以下にこれを要約すると「この曲はC線だけで禁欲的に弾くように作った。それは、あるリサイタルでタベア・ツィンマーマンがC線を弾くのを聴いてその美しい音色に心奪われた。その音がヴィオラ・ソナタを着想する起点となった。(中略)平均律から逸脱させるため指使いを故意に調整するようヴィオラ奏者に求めている。現れる音はその効能で神秘的かつ異質なものとなる」だそうだ。
事実、この曲を聴いていると特定の音が調子外れに聞こえるのがよく分かる。仮に440Hzから始まる長調スケール、即ちイ長調を想定した場合、ミの音が少し低く、そしてソの音がちょっとだけ高く、シの音がかなり高く感じるのだ。それが何となく「三丁目の夕日」的な懐かしさと儚さに繋がっているのだ。そして残念だが、最終的にはシャボン玉は「飛ばずに」消えて終わる。
他には同時代のロベルト・ヘッペナーの作品もバンドルされ、ボーナストラックには聖体拝領唱の残りの歌詞=リベラ・メ・ドミネ(作者不詳の聖歌)が入っている。
(録音評)
Harmonia Mundi(France)、HMC901985、通常CD。録音は2007年(デジタル)とある。深みがあり、かつ重心がどっぷりとした渋い音作りである。およそ色彩感というものが感じられず、色彩感豊かな作品と演奏を透過的に映し出している。媒体の音質としては完全な黒子に回った理想的なフラット基調と言えようか。
(あとがき)
録音レーベルとしてハルモニア・ムンディを名乗り、そして音源をリリースしている会社は、ドイツ・ハルモニア・ムンディ、それにこのフランスのハルモニア・ムンディ、そしてフランスの出店、ハルモニア・ムンディUSAと三つあるわけだ。どのレーベルも非常に安定した音質で好ましいが、それぞれの音質には特徴がある。フランスは通常CDだけのリリースを続けているのだが、特に落ち着いた渋い音調が素晴らしい。
1日1回、ここをポチっとクリック ! お願いします。
by primex64
| 2009-05-19 12:00
| Vocal
|
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Comments(2)
Commented
by
yoshimi
at 2009-05-19 22:44
x
こんにちは。リゲティといえば「永遠の光」なんでしょうが、異世界のようなこの曲を一番初めに聴いたばかりに、リゲティとは縁遠くなってしまったのでよく覚えています。聴き直してみましたが、やっぱり不可思議な曲です。
最近はリゲティのピアノ曲や室内楽曲を聴いてますが、「永遠の光」とは作曲年代や手法が違うのか、不協和音の響きでも美しい和声だし、動きが多いので、現代音楽にしてはとても聴きやすいですね。それに、私にはなぜかジャズのような雰囲気を感じるところがあったりします。
このヴィオラ・ソナタ(今井信子さんの演奏です)も、第1楽章は曲想が優しげなせいもあって、ヴィオラの低めの深い響きが美しく聴こえますね。ヴァイオリンなら違った感じに聴こえるのでしょう。第4楽章以降も曲想がいろいろ変わって面白いのに、このCDは収録時間の関係からか、録音していないのが惜しい気がします。
リゲティの他の室内楽曲なら、ホルン三重奏曲の「ブラームスを讃えて」が聴きやすい曲でした。黄昏のような雰囲気があって渋いものがありますが、第2楽章はジャズ風の軽快さがあったりして、面白いところがあります。(ホルンの世界では難曲らしいですが)
最近はリゲティのピアノ曲や室内楽曲を聴いてますが、「永遠の光」とは作曲年代や手法が違うのか、不協和音の響きでも美しい和声だし、動きが多いので、現代音楽にしてはとても聴きやすいですね。それに、私にはなぜかジャズのような雰囲気を感じるところがあったりします。
このヴィオラ・ソナタ(今井信子さんの演奏です)も、第1楽章は曲想が優しげなせいもあって、ヴィオラの低めの深い響きが美しく聴こえますね。ヴァイオリンなら違った感じに聴こえるのでしょう。第4楽章以降も曲想がいろいろ変わって面白いのに、このCDは収録時間の関係からか、録音していないのが惜しい気がします。
リゲティの他の室内楽曲なら、ホルン三重奏曲の「ブラームスを讃えて」が聴きやすい曲でした。黄昏のような雰囲気があって渋いものがありますが、第2楽章はジャズ風の軽快さがあったりして、面白いところがあります。(ホルンの世界では難曲らしいですが)
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by
primex64 at 2009-05-19 23:50
>不協和音の響きでも美しい和声だし、動きが多いので、現代音楽にしてはとても聴きやすいですね
>ホルン三重奏曲の「ブラームスを讃えて」が聴きやすい曲でした。黄昏のような雰囲気があって渋い
はい、拝聴はしております! が、かわってますよね、明らかに・・。
リゲティは結構チャレンジして枚数もあって、そろそろ邪魔とは言いませんが(ヴォルーミナとか新旧アヴァンチュールとか・・)、日記に書けたのは新譜のこの一枚くらいですか・・。
やっぱ、難解は難解ですわ。私が個人的に信奉するブーレーズもリゲッティの影響を受けているのは自らが認めているところなので積極的に聴こうとは思っていましたがなかなか難物・・w でも、仰る通り、新ウィーン学派の中心にいた彼らの作品よりはまだまだ耳には優しいです。本当はアルヴォ・ペルトとリゲッティの中間があればなぁ・・・、と思っていますww
>(今井信子さんの演奏です)
個人的に超ファンですw
>ホルン三重奏曲の「ブラームスを讃えて」が聴きやすい曲でした。黄昏のような雰囲気があって渋い
はい、拝聴はしております! が、かわってますよね、明らかに・・。
リゲティは結構チャレンジして枚数もあって、そろそろ邪魔とは言いませんが(ヴォルーミナとか新旧アヴァンチュールとか・・)、日記に書けたのは新譜のこの一枚くらいですか・・。
やっぱ、難解は難解ですわ。私が個人的に信奉するブーレーズもリゲッティの影響を受けているのは自らが認めているところなので積極的に聴こうとは思っていましたがなかなか難物・・w でも、仰る通り、新ウィーン学派の中心にいた彼らの作品よりはまだまだ耳には優しいです。本当はアルヴォ・ペルトとリゲッティの中間があればなぁ・・・、と思っていますww
>(今井信子さんの演奏です)
個人的に超ファンですw