2009年 02月 05日
Shostakovich: Sym#5@Zweden/Royal Flemish PO. |
アンブロワジーの新譜から、ズヴェーデン/ロイヤル・フレミッシュ(フランダース)フィルハーモニックというオケでショスタコの5番。ロイヤルと言うからにはオランダ王立ということだと思うのだが、初めて聴く。

http://www.hmv.co.jp/product/detail/2806197
Dmitri Shostakovich:
Symphony no 5 in D minor, Op.47
Jaap Van Zweden, Royal Flemish Philharmonic
ショスタコは1937年4~7月の間にこの5番ニ短調Op.47を書いたとされ、初演はムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルで、1937年11月21日のことだった。これは大成功に終わり、感極まった聴衆たちが40分以上も喝采の拍手をやめなかったという。この作品はショスタコの中でも最も人気のある作品のうちの一つだが、書かれた時期はソ連共産党機関誌プラウダがショスタコ始め当時ソ連国内の芸術家たちの現代主義的アプローチ、というかつまりは自由主義へ傾倒したかの様な気風を非難した記事を載せた直後であった。これ以上攻撃されて身を危険に晒すのが恐かったのか反抗心を燃やしたからかは知らないが、ショスタコのレスポンスは素早かった。
この曲にはショスタコ自身が付けた副題があってそれは“A Soviet Artists Response to Just Criticism”で、このごろの批評に対するソ連芸術家たちの答え、とでも訳したら良いであろうか。しかし大勢の見方としては音楽を使ったスターリニズムへの婉曲な反撃であったとされている。
ズヴェ-デンの名は最近ではよく聴くようになってきたが芸風は実は知らない。で、印象から言うと非常に厳しく緊張を強いられるショスタコで、細部の描き込みが稠密、しかもダイナミックだ。先鋭的でありながら全く荒れず、ひたすら純音を追求した全編だ。短いフィナーレは極度の緊張に包まれ、突き抜けるコーダはただならぬ気配というか怒気すら感じるのである。怒り・・、そうショスタコがこれを書いた時に彼の心を支配していた感情はこれだったのかも知れない、と気付かされる幕切れだ。
古典的な四楽章形式の交響曲の様式に則ってはいるが、やはり不協和音や12音的なスケールが織り交ぜてあったり無調性みたいな夢遊するような箇所や拍子が不明瞭な箇所があったりと、なかなかに意欲的、いや反骨精神が随所にちりばめられたこの作品は奥が深い。そしてズヴェ-デンのこれは、まさにクリティシズムへの反撃を表現するかの厳しさと激烈さがあってよろしい。
このジャケットに写る、雪の上にポツンと置かれた鳥籠の中の鳥は、ひょっとしてスターリニズムによって閉じこめられたショスタコを意味しているのであろうか。なかなかに意味深だ。
(録音評)
ambroisie、AM171、通常CD。高解像度の優秀録音。冷涼感のあるホールトーンを纏いながら各パートが鮮やかに分離する。特にブラス隊のビームが鋭いし、ティンパニなどのパーカッションが躍動的に捉えられている。naiveやambroisieレーベルはアンサンブルや礼拝堂系、ソロの録音が多く、普通の形態の交響曲というのがあまりないのだが、こういったオーソドックスな大編成ものを録らせてもじょうずだ。
1日1回、ポチっとクリック ! お願いします。

http://www.hmv.co.jp/product/detail/2806197
Dmitri Shostakovich:
Symphony no 5 in D minor, Op.47
Jaap Van Zweden, Royal Flemish Philharmonic
ショスタコは1937年4~7月の間にこの5番ニ短調Op.47を書いたとされ、初演はムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルで、1937年11月21日のことだった。これは大成功に終わり、感極まった聴衆たちが40分以上も喝采の拍手をやめなかったという。この作品はショスタコの中でも最も人気のある作品のうちの一つだが、書かれた時期はソ連共産党機関誌プラウダがショスタコ始め当時ソ連国内の芸術家たちの現代主義的アプローチ、というかつまりは自由主義へ傾倒したかの様な気風を非難した記事を載せた直後であった。これ以上攻撃されて身を危険に晒すのが恐かったのか反抗心を燃やしたからかは知らないが、ショスタコのレスポンスは素早かった。
この曲にはショスタコ自身が付けた副題があってそれは“A Soviet Artists Response to Just Criticism”で、このごろの批評に対するソ連芸術家たちの答え、とでも訳したら良いであろうか。しかし大勢の見方としては音楽を使ったスターリニズムへの婉曲な反撃であったとされている。
ズヴェ-デンの名は最近ではよく聴くようになってきたが芸風は実は知らない。で、印象から言うと非常に厳しく緊張を強いられるショスタコで、細部の描き込みが稠密、しかもダイナミックだ。先鋭的でありながら全く荒れず、ひたすら純音を追求した全編だ。短いフィナーレは極度の緊張に包まれ、突き抜けるコーダはただならぬ気配というか怒気すら感じるのである。怒り・・、そうショスタコがこれを書いた時に彼の心を支配していた感情はこれだったのかも知れない、と気付かされる幕切れだ。
古典的な四楽章形式の交響曲の様式に則ってはいるが、やはり不協和音や12音的なスケールが織り交ぜてあったり無調性みたいな夢遊するような箇所や拍子が不明瞭な箇所があったりと、なかなかに意欲的、いや反骨精神が随所にちりばめられたこの作品は奥が深い。そしてズヴェ-デンのこれは、まさにクリティシズムへの反撃を表現するかの厳しさと激烈さがあってよろしい。
このジャケットに写る、雪の上にポツンと置かれた鳥籠の中の鳥は、ひょっとしてスターリニズムによって閉じこめられたショスタコを意味しているのであろうか。なかなかに意味深だ。
(録音評)
ambroisie、AM171、通常CD。高解像度の優秀録音。冷涼感のあるホールトーンを纏いながら各パートが鮮やかに分離する。特にブラス隊のビームが鋭いし、ティンパニなどのパーカッションが躍動的に捉えられている。naiveやambroisieレーベルはアンサンブルや礼拝堂系、ソロの録音が多く、普通の形態の交響曲というのがあまりないのだが、こういったオーソドックスな大編成ものを録らせてもじょうずだ。
1日1回、ポチっとクリック ! お願いします。
by primex64
| 2009-02-05 09:32
| Symphony
|
Trackback
|
Comments(2)




