Transcription@Equilbey,Accentus |
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Transcription
1 Samuel Barber / Agnus Dei (Adagio Opus 11)
2 Gustav Mahler / Kein Deutscher Himmel (Adagietto, Syphonie No.5)
3 Johann Sebastian Bach / Immortal Bach (Komm, Susser Tod Bwd 478)
4 Frederic Chopin / Lacrimosa (Etude Opus 10, No 6)
5 Maurice Ravel / Soupir
6 Hugo Wolf / Das Verlassene Magdlein
7 Hugo Wolf / Auf Ein Altes Bild
8 Alban Berg / Die Nachtigall
9 Gustav Mahler / Ich Bin Der Welt Abhanden Gekommen
10 Claud Debussy / Les Angelus
11 Frederic Chopin / Lulajze, Jezuniu (Largo, Sonate Opus 58)
Laurence Equilbey (conductor)
Accentus
Recorded in February 2001 in the Arsenal, Metz, France.
Executive producer: Laurence Equilbey & Herve Boissiere
Recording producer & editing: Tim Oldham
Engineer: Jacques Doll
これまた凄い完成度のトランスクリプションだったわけで、これを凌ぐのは相当な気力体力が必要と思われる。それもそのはず「2」のリリースまで5年近くかかった計算だ。
最初のバーバー:弦楽のためのアダージョOp.11ですっかりやられてしまう。なんという精緻で神々しいアカペラだろうか。身震いがして来る。
圧巻は2トラック目のマーラーだ。これはマラ5の四楽章、あの有名なアダージェットに歌詞を付けて歌い上げるものである。もともと甘美にして静謐、優しい目線で仄かな憂いを湛えた超美麗な旋律であり、原曲では弦楽5部で切々と演奏される。それをこのアクセンタスが歌うと、かくも端正で清らか、そして美麗極まりない旋律が更に強く増幅されるのであった。原曲がアカペラのために存在したかの浸透力の強さはなんなのだろうか。とにかく美しさについては筆舌に尽くしがたい。
そして、バッハ、ショパンと続いていくのだが、どれもが甲乙付け難き名編曲・名演奏と言ってよい。
「目玉」の「2」だけを聴いて驚いている場合ではなかった。
(録音評)
naiveレーベル、V4947、通常CD。録音は2001年2月、モーゼル県メス、アーセナル・ホールとある。Transcription2よりも直進性の強いストレートな狙い方だが、エコー処理や定位のさせ方はほぼ類似。程よい距離感にしてダイレクトに伝わる歌唱のビームも素晴らしい。特にマーラーのアダージェットが始まる部屋の空気が一変してしまう。素晴らしいのひとこと。完璧。
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Accentusはだいぶ前に届いていたのですが、オーディオの方が忙しく、聞きそびれてました。発注したのは2枚で、このトランスクリプション1と、シェーンベルクです。このコーラスグループのことはまったく知識がないのですが、すばらしいアンサンブルですね。私の好みでは、マーラーよりも、ウォルフの方がはまります。よく知っている曲はどうしてもオリジナルと比較してしまうので、やはり弦の透明感の方がしっくりくるなとか、そういう先入観が邪魔になってしまうのです。なお、これらの編曲にはそれぞれパロディー風の副題が付いていて、その意味を想像しながら聞く面白さもありました。
シェーンベルクの方は文句なしに楽しめますね。もっとも作品16はオーケストラで聴いてもアンサンブルが心地よい曲なのですが、オリジナルの管楽器の噴出し音をハーとか、フーとかいう息で表現するところなど、リアルで笑ってしまいました。どうも共通する点は、ダイナミックな曲よりもしっくりした叙情的な曲の方が私の好みに合うということで、そのシェーンベルクはその美点がフルに生かされていると言えるでしょう。
(本コメント続きます)
一つ付け加えると、15楽器による室内交響曲、作品9は各楽器がその存在を誇示する演奏で、これだけなぜ管弦楽なのか理解に苦しみます。というのも、たまたま所有しているシノーポリ、Staatkapelle dresdenによる演奏は、アンサンブルが心地よい、曲の持つ美しさがはるかに味わえる演奏で、これをAccentusでやってくれれば、それこそ心地よさに満たされるのではないかという思いを強くした次第です。なお、ついでながら作品16はレバイン、ベルリンフィルで、これは当時のグラモフォンとは思えないほど良い録音です。
>オーディオの方が忙しく
あらあら、オーディオと音楽とは別々のようですねw 私の方はオーディオ的には上がってしまったので細かいことは気にせず楽しんでします。
この手のトランスクリプションは原曲の正統派演奏とは全く別の作品だと割り切った方がより楽しめるかも知れませんね。
>作品9は各楽器がその存在を誇示する演奏で、これだけなぜ管弦楽なのか理解に苦しみます。
Accentusの演奏と言うよりも編曲者の感性がより支配的なんだろうと思います。中には違和感がある編曲もありますが、編曲者の耳にはこう聞こえているんだろうなぁ・・、などと思って暫く聴いていると耳に馴染んでくることも少なくありませんし、また別の聴き方を発見出来て楽しいものです。
ではでは・・。これから暑くなりますが息災にお過ごし下さいませ。
自分でもいいかげんオーディオであれこれ悩まないようになりたいと思いつつも、飽きずにやってます。オーディオに振れているときは当然慣れ親しんだCD/SACDを繰り返し聞くことになりますので、新着はしばらく置かれることになります。音の違いがわかると言うのが一番の理由ですが、良くないと思っていた80年代のソースでも、それなりに鳴るようにするのもオーディオの楽しみです。つい夜更かししてしまいますが。。
>良くないと思っていた80年代のソースでも、それなりに鳴るようにするのもオーディオの楽しみ
なるほど、音の「錬金術」みたいなものですねww 私は新譜に焦点を合わせて聴いていますので、古いもので音質が今一なものに関しては諦めていて、「こんなもの」で良し、としてますよ。