J.S.Bach: French Suite BWV812@Keith Jarrett |
このフランス組曲という愛称は誰が付けたかは判っておらず、バッハ自身はクラヴィーアのための組曲と名付けている。従って鍵盤楽器による演奏を想定しているだけであって、ピアノやオルガンの演奏でも良いことになる。
フランス組曲という呼び名はフランス的な風合いを伴っているためにこう呼ばれるようになったと言われているが良く分からない。作曲年代も分かっていないが、1722年頃と推測されているそうだ。それは、バッハが最初の妻と死別後、二人目の妻アンナ・マグダレーナと1721年に結婚し彼女に最初に贈った曲集「クラヴィーア小曲集」(1722年)に、このフランス組曲の1番~5番が既に含まれていたという理由から。
この曲はいずれも数曲の舞曲より構成されており、第1番からアルマンド、クーラント、サラバンドと続き、最後はジーグで締めくくられている。アルマンドはフランス語でドイツという意味の語で、4拍子の落ち着いたリズムの舞曲、クーラントはやや速いテンポの活発な舞曲でフランス式では2分の3拍子もしくは4分の6拍子、イタリア式では4分の3拍子もしくは8分の3拍子、サラバンドは古いスペインの舞曲で、ゆったりとした3拍子のリズムを持っている。ジーグはイギリス由来の軽快で速い舞曲と言われ、拍子は8分の3、6、12拍子のいずれかである。
2番と4番に例外的に出てくるエールというのは、イタリア語で言うアリアのことで歌謡風の音楽である。従ってエールは舞曲ではなく舞曲による組曲の中にしばしば挿入された器楽曲と言える。同じく2と4番に出るメヌエットはフランスの上流社会で流行した優雅で気品漂う舞曲で落ち着いた4分の3拍子、4番に出てくるガヴォットは同じくフランスの上流社会で流行した明るく快活な舞曲で通常4分の4拍子で3拍目から始まる弱起。
という具合で、当時の世の中で愛好されてきた舞曲形式のフレームワークを用いて構成されているのだが、こうしてみるとフランスとは少ししか関係がないのである。
古い定石はリヒター、アーノンクール、レオンハルト、バルヒャあたりだが、今日の推薦はこれ:
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キース・ジャレットのフランス組曲。出た当時、賛否両論が吹き出し結構話題になった。善し悪しで言えば悪いかも知れないがとてもチャレンジャブルでストイックな演奏。でも、ジャズ・ピアニストの弾くバッハか? と身構えて聴き始める分にはなんて事はない、まぁ普通の演奏だ。
チェンバロという楽器はピアノの前身とされる鍵盤楽器であるが、ピアノと大きく異なりタッチによる強弱が出せない。それはピックが弦に打ち落とされる速度が一定だからだ。そこで、強く表現したい音符は楽譜の指定よりも僅かに遅れて、即ちディレーを掛けて前拍より浮き立たせる事により強調する。
が、この演奏の場合のディレーの掛け方は独特であり、例えばレオンハルトの明確なディレーとは全く違う物だ。このジャズ特有の揺らぎの様なルバート(というかジャズ風に言えばスウィング)が消し切れていないところがキースの演奏であることを雄弁に物語っている。
(録音評)
1991年、ニュージャージーのCavelightスタジオでの録音とある。ECMレーベル特有の澄んで細い音場に割と大きめのチェンバロが定位する。チェンバロは動作ノイズの大きい楽器だが、それを余すところなく捉えている。濁りのない再生は割と困難だと思われる。