Beethoven & Liszt: Solo Piano@Sophie Pacini |
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Beethoven & Liszt: Solo Piano
Beethoven:
Piano Sonata No.21 in C major, Op.53 'Waldstein'
1. Ⅰ.Allegro con brio
2. Ⅱ.Introduzione: Adagio molto
3. Ⅲ.Rondo: Allegro moderato - Prestissimo
Liszt:
Consolations, S172
4. Ⅰ.Andante con moto -
5. Ⅱ.Un poco piu mosso
6. Ouverture zu Tannhauser von Richard Wagner,S442
7. Reminiscences de Don Juan,S418
8. Liebestraum No.3 in A flat,S541/3
9. Hungarian Rhapsody No.6 in D flat,S244/6
Sophie Pacini (Pf)
ベートーヴェン:
ピアノ・ソナタ第21番ハ長調Op.53「ワルトシュタイン」
リスト:
コンソレーション第1番 S.172
ワーグナーの歌劇「タンホイザー」序曲による演奏会用パラフレーズ S442
「ドン・ジョヴァンニ」の回想 S418
愛の夢 第3番
ハンガリー狂詩曲 第6番
ゾフィー・パチーニ(ピアノ)
ソフィー・パチーニについて
ソフィーはOnyxからシューマンとモーツァルトを弾いたデビュー盤を出しているがこれは買いそびれている。私がソフィーを実際に知ったのは2013年のことで、それは前年の2012年、Avi Musicレーベルに録音したシューマンの謝肉祭とリストのロ短調ソナタだった。これが驚天動地の内容で、2013年度のMusicArena Awards - Performance of the yearにも選定している。その後2013年、やはりAviへの録音で、チャレンジングな内容のショパン・アルバムを出しており、これもまた注目の一枚だった。そして、今回、Aviからワーナーへ移籍した第一弾として出たのがこのベートーヴェンのワルトシュタインとリストの小品集である。
彼女は若年期から早熟なピアノ教育を受けて育った才能溢れる若手であり、なおかつアルゲリッチが絶賛するほどの個性派と言って良い。それは上述のAviのシューマン&リストの評に詳しいので参照のこと。このところアルゲリッチ・タイプの若手女流が何人か台頭して来ているが、その中にあっても彼女は急先鋒と評しておこう。
ワルトシュタイン
ベートーヴェンが数多く書いたソナタの中でもかなり好きな部類に入れているのがこのワルトシュタイン。結論から言ってしまうと、いかにもベートーヴェンらしい男性的で剛直、明媚で激しいワルトシュタインに仕上がっている。
1楽章の加速度感がAviデビュー盤で彼女が弾いたリストのロ短調ソナタを想起させてくれる。2楽章に入ると、一転してたおやかで穏健な描き込みとなる。低音鍵を周到に選びながらフィナーレへの備えを整え、絶え間も序奏もなくいきなり終楽章の主題へ。この主題は作家の故郷に伝わる民謡に由来しているとの説があるようだが詳細は不明。この主題については個人的に若い頃からずっと思っていることがる。それは、ソナタ26番Op.81a「告別」の1楽章の第一主題、いわゆるLebewohl動機が非常に似ているということ。不思議なことにどちらも分散和音の内声部の中でこの直進的な旋律が構築されていることから、譜面からはその類似性を窺うことは全くできないのだが。ワルトシュタインの方が告別より作曲年代が新しいので、こちらが原曲となり、のちに告別に流用したと個人的にはいまだに思っている。幾つかの力強い変奏を経てコーダに至り、この楽章は閉じる。ソフィーの演奏は非常にヴィヴィッドにして流麗、そして勁い意思が宿っている。
コンソレーション
コンソレーションはリストが書いた中でも例外的に緩徐で穏健な小規模な組曲。全部で第1曲から第6曲まである。この題名は正しくは、Consolations, Six Penseés poétiques(邦題=慰め、6つの詩的思考)とされる。ここに収録されているのは1~2曲。献呈先はザクセン=ヴァイマル=アイゼナハ大公妃マリア・パヴロヴナ(ロシア皇帝アレクサンドル1世の妹=リストの女性との交際を支援した人物といわれている)。ここでは、これまでのソフィーとはまるで違った優美で丸みを帯びたタッチで撫でるようにこの美しい旋律をトレースしていく。こういった落ち着いた表情が見せられるようになったソフィーは、やはり齢を重ねたということであろうか。
パラフレーズ2題
このアルバムのもう一つの白眉は「タンホイザー」序曲によるコンサート用パラフレーズと「ドン・ジョヴァンニ」の回想=これはモーツァルトの同名歌劇からのパラフレーズ。いずれもが、リストが得意とした他家の歌劇作品からの引用、編曲・再構築による技巧的なパラフレーズ(=オペラ・パラフレーズ)で、その中でもヴィルトゥオージティが過度に求められる超絶的な難曲中の難曲だ。タンホイザーにおけるソフィーの技巧は盤石で文句の付けようがなく、そして一聴すると肩肘張らず滑らかに堂々と弾き切っている左手通奏低音あるいは左手主旋律の交代もスムーズで右手方向とのつながりは極めて良好。ドン・ジョヴァンニにおける要求技巧は更に苛烈を極め、これをちゃんと音楽の体を成した状態で弾ける人はそうそう多くはないと思う。超高速で上昇し、また下降するクロマティックのリフレインを背景に左手でオクターブ・ユニゾンを叩いて主旋律を時分割で入れなければならない、などという非常にクレイジーな譜面となっている。ソフィーはどちらの曲に対してもしっかりとした演奏設計をしている。すなわちマクロ的に俯瞰した時にこそ美しく整った音楽となるよう、大きな構図でこれらの難曲に臨んでいるのだ。
愛の夢、ハンガリー狂詩曲#6
そして、あまりに有名な愛の夢3番。ソフィーの出来栄えだが、落ち着いていて繊細で普通に巧い。というか、この曲は誰が弾いても大きな破綻なく美しいのだが。表現が悪いけれど敢えて言うならば、ソフィーがこういった女性的でエレガントな曲を弾くのは似つかわしくない。かつてショパン・アルバムで見せたある種の逡巡はないにせよ、有り余るシンパシー、直進するエナジーをどこにぶつければよいのやら、という風に躊躇っているように聴こえてしまうのだ。
最終トラックはハンガリー狂詩曲6番。これくらい激しくて非和声を適度に含んだ土の匂いのする作品が最後を飾るにふさわしい気がする。ポリリズム的でちょっと複雑な韻を踏む主題、無窮動的なトレモロを伴う中間部前半の拍取りは正確に刻む。やるせない後半部のパウゼのとり方、溜めの作り方は巧く、そしてテンペラメンタルで熱情的。再現部からコーダにかけての嵐のようなハイピッチなオクターブ奏は圧巻の一言。それも、こともなげに繰り出される正確無比な高速打鍵は限りなく滑らかに、しかも浮き立つような楽しさで、聴いていて思わず引き込まれてしまうのだ。曲が終わって、一つ大きなため息が出てしまった。素晴らしいのひとこと。
録音評
Warner Classics 9029597702、通常CD。録音は2016年3月21~24日、Sendesaal Bremen(ブレーメン放送ホール=ゼンデザール)。録音プロデューサー&エンジニア:Raphaël Mouterde、プロダクション・マネージャー:Hélène D'Apote(Warner Classics)、その他には歴史的レコードレーベルであるParlophone Records Limitedのクレジットがある。よくよく調べたらあのパーロフォンは現在ではワーナー傘下とのこと。
音質についてはCDDAのピアノ録音としては史上最高音質と言って良いほどの出来栄えだ。ソフィーはスタインウェイ・アーティストなので、弾いている楽器は間違いなくスタインウェイのD-274のはずだが、どう聴いてもベーゼンドルファーやファツィオリのような湿潤でまろび出る音に録れているのだ。調律がそうなのか、マイクアングルや録音でそうしているのか、はたまたソフィーの弾き方がこういったサウンドを引き出しているのかは定かではないが、とにかく良い音だ。
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