Tchaikovsky: Vn-Con Op.35 Etc@Sarah Nemtanu, Kurt Masur/O. National de France |
http://tower.jp/item/3210776/
Tchaikovsky 'live'
Violin Concerto in D major, Op.35
Souvenir de Florence, Op.70
Sarah Nemtanu (violin)
Orchestre National de France, Kurt Masur
チャイコフスキー:
・ヴァイオリン協奏曲ニ長調Op.35
・弦楽六重奏曲ニ短調Op.70「フィレンツェの想い出」
サラ・ネムタヌ(Vn)
フランス国立管弦楽団、クルト・マズア(指)
(Op.70)リュック・ヘリー(Vn) ザビーヌ・トータン(Va) クリストフ・ゴーグ(Va)
ラファエル・ペロー(Vc) ジャン=リュック・ブーレ(Vc)
ネムタヌは変わった名前だが、彼女の出身であるルーマニアでは一般的な苗字だそうだ。そんなネムタヌのnaïveデビュー盤はジプシックという独創的なクロスオーバー・アルバムだった。これはnaïveのハイセンスな調音も相俟ってなかなか楽しめる内容であり、MusicArena Awardsの候補としても有力だった(選からは漏れたが)。
2009年製作(国内封切は2010年)のラデュ・ミヘイレアニュ監督作品:映画 Le Concert ・・・邦題「オーケストラ」・・・はチャイコンをモチーフとしたクラシック音楽の世界を取り扱った作品で世界的な大ヒットとなった。主演女優のメラニー・ロランが弾くチャイコンが優美で印象的な出来栄えだったようだが(私はyoutubeの抜粋しか見ていないが)、この画面の裏であの情感豊かなチャイコンを実際に吹き替えているのは誰だ?というのがかなり話題となった。それがこのサラ・ネムタヌであったということで、実力よりかは話題先行といった感じでその道では有名になったのではなかろうか。
ライナーにもネムタヌ自身この映画=Le Concertのことに触れている:
Mihaileanu’s favourite version for the lengthy final scene was a David Oistrakh recording with the Philadelphia Orchestra, conducted by Eugene Ormandy. I had to adapt my tempi to theirs for the film, but what a pleasure it was to follow this marvellous violinist’s lead – as far as I’m concerned, he is the greatest of them all!
After 'Le Concert' was released, and although I could have taken advantage of the film’s reputation to help my own cause, I didn’t want to record the concerto. I took the time to create my own personal rendition. As chance (or magic. . .) would have it, the concert we recorded took place on 25 April last with the Orchestre National de France conducted by Kurt Masur at the Théâtre du Châtelet."
Text by Sarah Nemtanu
監督のラデュ・ミヘイレアニュがラストシーンで用いたチャイコン演奏に抱いていたイメージとは、ダヴィッド・オイストラフ/ユージン・オーマンディ/フィラデルフィア管だったらしい。そしてネムタヌは映画のためにオイストラフらのテンポで合わせていったそうだ。そういった不自由さもあったけれどもこういう歴史的な名Vnソリストのリードについ従うことは大変な幸福であったし、また、彼らは遥か彼方にいる存在であって自分から見れば全てにおいて偉大すぎる、と思ったそうだ。
最後のセンテンスに以下を述べている:ネムタヌはこの映画の成功に便乗する格好でチャイコンを売り出すことは容易だったと考えたようだが、その時点で敢えてそれはしたくなかったとのこと。なぜなら、自分自身の表現方法を作り出すために相応の時間を要するだろうから・・。そして、チャンスというか魔法のようにその機会が到来したのであり、それがこのライブ録音だったというわけだ。
Le Concertに感動した映画ファンのうち、ネムタヌのチャイコンを全曲聴いてみたいと願っていた人たちにとってはこのCDはその謎解き・答え合わせとなっているはずだ。私自身、ラストシーンを長くは見ていないので具体的にどんな出来栄えだったのかは分からないが。
なおフランス国立管の現在の音楽監督は個人的に好きなダニエレ・ガッティだが、その前にはクルト・マズアがその任を務めており現在では名誉監督に名を連ねる。また、ソリストとして活動しているネムタヌだが、籍はまだフランス国立管に置いており、彼女は今でも1st Vnコンサート・ミストレスのはず。つまり何のことはない、客演ソリストを呼ばないVnコン演奏会のライブ収録盤といえばわかり良いか。
前置きが長くなった。映画のことはよくわからないのでさておき、純粋なチャイVnコンとして聴く。一楽章はオケ/ソロVn共に慎重な取り運びで、テンポとしては少々遅め。だが、オケのめりはりは結構効いていてコンバス等の低域及びティンパニの際立たせ方が秀逸で、かつバックの弦の歌わせ方もふっくらと良い感じだ。一方、ネムタヌのソロはダブルストップ(重音)を丁寧に(譜面通りに)厚めに塗り込んでいて、そういった点においてはヴィルトゥオージティが迸るようなエキセントリックさは殆ど感じられない。二楽章は一般的なテンポながらとても柔和で優美、そして情感もたっぷりと籠められた秀逸な出来栄え。ロシア風でもフランス風でもなく、やはりどことなくルーマニアやハンガリーといったバルカン近隣の香りがする緩徐楽章だ。三楽章は意外なことに一気にギアチェンジし高速ゾーンへと突入する。緩徐楽章のたおやかな風情は消し飛び、ドライブ感が強いかっ飛ぶVnソロは爽快感があり、かつネムタヌがオーソドックスなロマン派曲において超絶技巧を発揮しうることを如実に示す展開。この人はVnが非常に巧いことが分かる。
このアルバムの後半はフィレンツェの想い出としているが、チャイコンよりかはこちらの方が濃密、かつ親密な掛け合いの弦楽アンサンブルが聴かれ、ネムタヌの演奏スタイルと曲想が確認できるもの。ネムタヌは、基本的には主旋律のベースラインを崩さず大切に弾く人であり、また、自らが破天荒に突出することなく他パートとのハーモニー(和)を尊ぶ姿勢であり、現役オケの1stVnコンミスとして求められている要件は十分に満たしていると思う。なお、フィレンツェの想い出という作品自体、風光明媚なイタリア・トスカーナの芸術中心都市の写実的な描写が織り込まれたものではなく、どちらかというとロシア民族楽派的な求道的で翳のある曲となっている。
この盤はサラ・ネムタヌのnaïveデビュー盤に比べれば衝撃度は大きくはないが、まずまずの規模で良い出来栄えのアルバムと思う。また、今のところヴィルトゥオージティに拘ったり、曲解釈面において大きく崩した独自路線でのスタイル確立がなされていない状態であり、今後どういった個性を主要装備として自らを売り出していくのかが楽しみなところだ。まだ白いカンバスではあるが技巧的には見るべきものがあり、染め方しだいでは大化けの予感ありだ。
(録音評)
naïve V5325、通常CD。録音はVnコン2012年4月シャトレ座(ライブ収録)、2012年9月ラジオ・フランス:スタジオ106(セッション収録だが拍手あり)。Vnコンとフィレンツェの思い出では音質が少し異なる。前半は広大で深いサウンドステージが眼前にあり、暗騒音や聴衆ノイズも含まれていて臨場感が豊か。後半はデッドで漆黒、少し狭い空間で録られていることが分かる静謐なもの。どちらも音色としてはセピア調で仄暗く艶消しで、このところよく見られる新時代のnaïveの音だ。チャイコンだが、地味な音調で気が付かないかもしれないが低域のレンジがローエンドまで驚くほど伸びていてパーカッション系の衝撃波が非常にリアルだ。特に、ティンパニの二次反射がホール内に伝播して充満していくさまがよく捉えられている。後半はセッション録りで、各パートの音はバランスよく、そしてオンでもオフでもない中庸な狙い方が秀逸。アンビエント成分は前へは迫り出さず後方へしっとりと浸透していく設定からか、自然な立体感でもって各パートが前後左右に並ぶように定位する。最後に拍手が入っていてびっくりするが、"live"と銘打っているだけにどちらも客を入れた収録であることには違いはない。機材はマイク=DPA4006、Neumann KM130、KM84、TLM170、U87、Schoeps MK4、M421、MK41、プリアンプとコンバータ=SSL、レコーダーと編集システム=Pyramixとある。なお、SSLとはSolid State Logic社のことで、マイダスやニーヴの後を継いでデジタル化されたミキシングコンソールのリーディング・カンパニーとして成功してきた。A/Dコンバータの音質としては昨今ではDADと共に着目されていて、渋くて奥ゆかしくそれでいてよくよく聴き込むと限りなく超高解像度の音をかたどっている。naïveがこれに目を付けたのは必然かもしれないが、その選択眼は流石と言うべきだろう。
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