Scriabin: 5 Preludes Op.74 Etc@Irina Mejoueva |
http://tower.jp/item/3148100/
Alexander Scriabin:
5 Preludes, Op.74
No.1 Douloureux, déchirant
No.2 Trés lent, contemplatif
No.3 Allegro drammatico
No.4 Lent, vague, indécis
No.5 Fier, belliqueux
Piano Sonata No.10 Op.70
2 Poémes, Op.69
No.1 Allegretto
No.2 Allegretto
Arthur Vincent Lourie:
Formen in der Luft I, II, III
Sergei Prokofiev
Sarcasms, Op.17
No.1 Tempestoso
No.2 Allegro rubato
No.3 Allegro precipitato
No.4 Smanioso
No.5 Precipitosissimo
Nikolai Andreyevitch Roslavets
from 5 Preludes(1919-1922)
No.2 Allegretto con moto
No.4 Lent
No.5 Lent, rubato
Nikolai Medtner
Piano Sonata in E minor, Op.25 No.2 "Night Wind"
Andante - Allegro -
poco a poco Allegro molto sfrenatamente, presto
Irina Mejoueva (Pf)
Disc 1
スクリャービン:
5つのプレリュード 作品74
ピアノ・ソナタ第10番 作品70
2つの詩曲 作品69
ルリエ:大気のかたち
プロコフィエフ:風刺 作品17
ロスラヴェッツ:5つのプレリュード(1919-1922)より2、4、5番
Disc 2
メトネル:ピアノ・ソナタ ホ短調 作品25の2《夜の風》
イリーナ・メジューエワ(ピアノ)
メジューエワは今春から京都市立芸術大学音楽学部のピアノ科講師として招聘されており、東京と京都、更には録音や演奏会が行われる各地へと、とても多忙な毎日を送っているようだ。そのような慌ただしい生活パターンにあっても彼女の活動量は増す一方であり、またその音楽的な内容の充実ぶりにも目を瞠るものがあるのだ。
このアルバムがテーマとしている作家たちが生きた前後のロシアでは、絶対専政に対する根強い不満と長引く財政困窮等により内政混乱が常態化していた。そこかしこで内紛が勃発し労働者たちによる政治ユニオンが林立、その鬩ぎ合いの末にロマノフ朝が倒れ、直後、ボルシェビキが優勢となってスターリンが世界で最初の社会主義国家樹立を果たす。これが世に言うロシア革命であるが、社会主義の名の下のプロレタリアートはこの国が醸造してきた音楽文化の鮮やかな彩りを全て封印し、そして国際社会的にも経済的にも鈍色の鉄のカーテンが引かれる端緒となる。その後は色彩感が極端に抑えられ、どんよりとした恐怖が支配するショスタコーヴィッチの交響曲のみが残るのであった。
ロシア革命の少し前の帝政ロシア時代末期においては西側では余り知られていない様々な才能溢れる作家たち・・・ロシア・アヴァンギャルドというそうだが・・・が出現し、そして実験的だが刺激的で興味深い作品群を多く生み出していた。これは、さながら19世紀末から一次大戦までのフランスにおけるベル・エポックのような妙な活気と独特の気風に溢れた時代でもあったようだ。芸術分野においては、やはり20世紀初頭のフランスにおけるエコール・ド・パリに似た強いエナジーと進取のムーブメントに満ちていた時代だと推測されるのだ。このCDは、特に1910年代の革命前夜のロシア音楽にフォーカスしたアルバムであり、なかなかに意欲的な内容と言える。京都つながりということなのか、なんと浅田彰がライナーノーツの冒頭を書いている。これらの時代背景と思想、そして当時の音楽的な事情についてはこの浅田の解説に分かり易く記してあるのでアルバムを買った人は一読して欲しい。
スクリャービンの後期作品から5つのプレリュードが冒頭を飾る。プレリュードというには刺激が強くて、ディベルティメント、或いはスケルツォといった感じの強い諧謔性が感じられる作品だ。そして、どの曲も根底には仄暗い憂鬱な精神があって、それをベースとした予想のつかない音のマジックが展開される。現代音楽に分類される作品ではあるが、アルバン・ベルクやシェーンベルクの12音技法の系譜にみられる無調性でも、そして無拍子でもないのであるが、極めて斬新な音世界を構築するのである。ピアノソナタは単一楽章形式の短めの作品であり、こちらの方は不協和音が耳につくけれども実は増4度または減5度あたりに協和音の幻影を作り出すという作りになっているらしい。スクリャービンらしく演出効果がきちんと計算された曲といえようか。
ルリエ(1892-1966)という人は名前だけしか聞いたことがなく、このアルバムで初めてその作品に触れた。トーンクラスタに似た手法で書かれた作品らしく、静謐な黒い背景に色とりどりの絵の具をバシャっと零したような鮮やかさが印象的だ。しかし、トーンクラスタと違うのは主旋律にあたるモチーフが形状を変えて周期的に登場する点であり、再帰的な方程式によって導かれるフラクタル群、即ちマンデルブロ集合に似た音の仮想空間が作り出されていることに気がつくのだ。その空間感が曲名=「大気のかたち」に通じるものか否かはわからないが。
プロコフィエフのこの小品は、一般的には分かり難い曲風なのだろうが、スクリャービンやルリエの後だともの凄く聴きやすく感じるのは不思議な現象。風刺(作品17)という題名がそのままの強烈なアイロニーが最初から全開だ。半分お遊びとも思える実験的な、そして自虐的とも捉えられる自分の作品からコラージュのようにほんの1~2小節ずつを切り取ってパッチワークしたパッセージに気が付くのだ。なんだかサン=サーンスの動物の謝肉祭の現代音楽版を聴いている錯覚に囚われる。
一枚目の最後に入っているロスラヴェッツという作家の名は初めて目にしたし作品を聴くのも初めてだ。重厚感があって、それでいて深刻に構えるでもなく自然に聴ける音楽なのだが現代作品であることは間違いなく、不可思議で浮遊感が少しある和声に重畳された規則的な旋律と一気に崩壊するようなインプロヴァイゼーション的なパートが織りなす造作は独特だ。
この二枚組の二枚目を占有するのはメトネルのソナタ ホ短調「夜の風」で、これはHAKUJUホールでのリサイタル模様を収めたライブ。メトネルの作品は一枚目を構成したロシア・アヴァンギャルドたちの作風とはまるで違って、非常にオーソドックスかつ豊かで叙情的な「普通」の域の作品だ。現代音楽のような跳躍した和声や旋律も含まれてはいるけれども、要素としてはロマン派後期作品に分類して構わない作風であり、しかもちゃんとした形式美を備えた美しい作品なのだ。但し、語法がロマン派著名ピアノ作家の誰のものとも違っていて非常に個性的であって、ちょっとテンペラメンタルでちょっとアンニュイ、そして深い感情の襞が譜面に織り込まれている風なのだ。特筆すべきはメジューエワの演奏が珍しく紅潮していることで、普段およそ熱気を感じない淡々とした、そして自らの直情からは距離感を保った精緻な譜面トレースを実践する彼女としては破格の入れ込みようといったところ。しかし荒れたところがあるわけではなく、熱いマインドが発露してはいるけれども穏健で理性的なピアニズムはきちんと維持されている。寧ろ、聴衆が固唾を呑んでメジューエワの演奏設計にのめり込んでいるといったところであろうか。
(録音評)
若林工房 WAKA-4164-65、通常CD。録音は以前のものも含まれている。新規録音はスクリャービンとルリエで、多忙な教職の合間を縫って彼女の録音本拠地である新川文化ホール(富山県魚津市)まで出向いて録ったもの。これはDSD録音とある。プロコフィエフとロスラヴェッツは、やはり新川文化ホールでの収録だが、2010年9月、96kHz/24bitとある。2枚目のメトネルは2009年10月2日、東京・代々木のHAKUJUホールにおけるライブ録音で96kHz/24bit録音とある。最新のDSD録音は非常に優秀な出来映えであり、新川文化ホールのステージに拡がるアンビエント成分が綺麗な球面波を描いて放散される様まで描ききられている。同じ新川文化ホールの数年前のPCM録音と比較するとその解像度、情報量ともに段違いであることが明白だ。
一方、メトネルのライブ録音はオフマイク気味であり、クォリティとしては新川文化ホールの録音よりは一段落ちる。しかしライブ特有の空間成分と客席ノイズが克明であり、これはこれで価値ある録音と思われる。HAKUJUホールの録音は、以前の京都ライブと同系列の、ちょっとディテールが後退した遠目の狙い方だが、これは恐らくは天吊りのデッカツリーの位置が後ろ過ぎてPfの真上あたりから俯瞰した状況なのだと思われる。グランドピアノの場合には蓋の響板を立てると直接音は真上には届かず、従って間接音主体の音となる。そこで、オケの場合にはノイズマイクとして働く補助マイクを直接音狙いで立て、これらのマイク音源をミキシングによって適切なポートフォリオに持っていくことによりバランスの良い高解像なPf録音が可能となるのだが、やはり客を入れたリサイタルの場合には美観上の制約もあってか補助マイクを立てるのが難しいのかも知れない。ライブ収録にはあまり多くを望んでも詮ないのかも知れない。
いずれにせよ音楽的にはとても興味深くアグレッシブな内容であり、そして録音もそれぞれの方式ごとに違いが聞き分けられて興味深い2枚組アルバムである。なんといってもルリエ、ロスラヴェッツといった、普段はまず取り上げられることのない作家の作風に触れられたのはとても意義あることだった。
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