J.S.Bach: Inventions & Sinfonias@Karin Kei Nagano |
http://tower.jp/item/4461333/
Two-Part Inventions, BWV772-786
1. No.1 in C major, BWV772
2. No.4 in D minor, BWV775
3. No.7 in E minor, BWV778
4. No.8 in F major, BWV779
5. No.10 in G major, BWV781
6. No.13 in A minor, BWV784
7. No.15 in B minor, BWV786
8. No.14 in B-flat major, BWV785
9. No.12 in A major, BWV783
10. No.11 in G minor, BWV782
11. No.9 in F minor, BWV780
12. No.6 in E major, BWV777
13. No.5 in E-flat major, BWV776
14. No.3 in D major, BWV774
15. No.2 in C minor, BWV773
Three-Part Sinfonias, BWV787-801
16. No.1 in C major, BWV787
17. No.4 in D minor, BWV790
18. No.7 in E minor, BWV793
19. No.8 in F major, BWV794
20. No.10 in G major, BWV796
21. No.13 in A minor, BWV799
22. No.15 in B minor, BWV801
23. No.14 in B-flat major, BWV800
24. No.12 in A major, BWV798
25. No.11 in G minor, BWV797
26. No.9 in F minor, BWV795
27. No.6 in E major, BWV792
28. No.5 in E-flat major, BWV791
29. No.3 in D major, BWV789
30. No.2 in C minor, BWV788
Karin Kei Nagano(Pf)
J.S.バッハ:2声のインヴェンションと3声のシンフォニア BWV772-801
カリン・ケイ・ナガノ(ピアノ)
インヴェンションとシンフォニアについて
Wiki等に詳しいので敢えてここでは多くは語らないが、例によって少しだけ。この曲集はバッハが自分の長男=ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハのための教則本目的で編纂した曲集、平均律クラヴィーアの原典となったスケッチなどからの抜粋を集めて更に一般クラヴィーア愛好家のためにまとめ直したものだ。2声のフーガで書かれた15曲をインヴェンション、3声のフーガで書かれた15曲をシンフォニアと称し、合わせて30曲から成る小品集。つまり対位法の練習曲集と位置づけられるもの。特徴的なのはその自筆譜の表紙にバッハ自らがしたためたメッセージが記してあること。以下、英語翻訳版と和訳:
Honest method, by which the amateurs of the keyboard – especially, however, those desirous of learning – are shown a clear way not only (1) to learn to play cleanly in two parts, but also, after further progress, (2) to handle three obligate parts correctly and well; and along with this not only to obtain good inventions (ideas) but to develop the same well; above all, however, to achieve a cantabile style in playing and at the same time acquire a strong foretaste of composition.
Provided Anno Christi 1723 by Joh. Seb. Bach,
Capellmeister to his Serene Highness the Prince of Anhalt-Cöthen.
クラヴィーアの愛好者、とくにその学習希望者に、(1)二つの声部をきれいに弾きこなすだけでなく、更に上達したならば、(2)三つのオブリガート声部をも正しく、かつ、手際よく処理し、あわせて同時にインヴェンツィオをたんに得るだけでなく、それをたくみに展開し、そしてとりわけカンタービレの奏法をしっかりと身につけ、しかもそのかたわら作曲への強い関心をも養うための明確な方法を教示するところの、正しい手引き。
アンハルト=ケーテン侯宮廷楽長ヨハン・ゼバスティアン・バッハ これを完成す。1723年。
インヴェンションもシンフォニアも、元々はハ長調、ハ短調、ニ長調、ニ短調、変ホ長調、ホ長調、ホ短調、ヘ長調、ヘ短調、ト長調、ト短調、イ長調、イ短調、変ロ長調、ロ短調で書かれているが、 嬰ヘ短調、嬰ハ短調、変イ長調は欠番となっている。それは、当時シャープやフラットがたくさん付く楽譜は滅多になく演奏機会も非常に少なかったためとされる。
私が習っていたピアノの先生はバイエルやツェルニーに偏重している当時の国内ピアノ教育事情をあまり快しとしておらず、私に対しても同様の趣旨で副教則本を与えた。バイエルの赤本は無しでメトード・ローズを使用、黄本は半分程度をつまみ食いで、寧ろブルクミューラーを重視、そしてツェルニー100番も同様につまみ食いで、同時にもらったソナチネアルバムを熱心に厳しく教えてくれた。全音のバッハ・インヴェンションを与えられたのはツェルニー30番とほぼ同時だったと記憶する。運指を鍛錬するというハノンは音楽性醸成には何の役にも立たないのでこれもお慰み程度しか使わなかった。そのかわり、インヴェンションの2声の対位法は左手を右手並みのスケール・トレース能力を鍛錬するため、そして音感の左右対称性を涵養するために非常に効果があると力説し、とても熱心に指導してくれた。ということで、ここに収録されている曲の半分程度は幼少期に実際に習ったことがある。昔のことだが記憶はいまだに鮮明で聴いていて懐かしく思う。
カリン・ケイ・ナガノについて
カリン・ケイ・ナガノは1998年、カリフォルニア州バークレー生まれの米国人ピアニスト。カリンは3歳からピアノを習い始め、パリではエレーナ・フィロノヴァとジェルメーヌ・ムニエ、イーゴリ・ラズコ、ワディム・スハノフおよびアレクサンドル・パレイに師事。モスクワではヴェラ・ゴルノスターエヴァ、更にフランスの著名ピアニスト、コレット・ゼラに師事。国際デビューは2007年。ベルリン国際ピアノ・コンクール(2007年)、スクリャービン国際ピアノ・コンクール(2007年)、ルービンシュタイン国際ピアノ・コンクール(2009~2010年)で一位を獲得。2014年には日本デビューを果たした。
彼女の父親は、アメリカ西海岸とカナダを中心に、昨今ではドイツでも活躍する日系アメリカ人3世の著名指揮者=マエストロ ケント・ナガノである。一方、母親は国際的コンサート・ピアニストの児玉麻里である。なお、その延長の血筋からするとカリンは、パリを中心に活躍する世界的ピアニストである児玉桃さんの実の姪となる。
この演奏について
このCDだが、全音の楽譜など複数の校訂を経た譜面と違い、1720年の原典版に基づく「C,D,E,F,G,A,B,B-fl,A,G,F,E,E-fl,D,C」の曲順を採用しているのでトラック番号と曲番号が一致しない。カリンの演奏はあっけらかんとしていてとてもそっけなく聴こえるがシンプルで、そして荒れたところがなくとても素直な印象だ。
インヴェンション1番のフーガのなんと明晰で高速、外連味のないことか。また4番の憂いを湛えたカノンが可憐なことか。インヴェンション13番イ短調BWV784は幼少期に大苦戦した記憶のある左手が、聴いていて巧くて羨ましい限り。この曲は右手に先んじて左手で刻むスケールが右手の小節のアクセントに引っ張られて先行が脅かされるというギミックがあるが、もちろん、彼女は実に軽やかに左指を転がしている。6番ホ長調BWV777も幼い頃の私にとっては鬼門で、左手が全編シンコペーションで、途中から右手もシンコペーションになって左右互いに干渉してくるのでいつまで経っても巧く弾けなかった。カレンの運指は完璧で羨むばかり。明晰でピュアだけなのかというと9番などはしっとりとした詩情を少々粘性質な左手声部で歌い込んでいて、ごく浅いデュナーミクが僅かに加えられているところで只者ではないことがすぐに分かる。
シンフォニアでは、例えば1番や8、10番といった速いパッセージの曲よりも4、7、13番といったアンダンテ以下のゆったりした対位法の完成度に耳が行く。他の大規模フーガやプレリュードに比べれば2声基本+1つの補助声部といった分かり易く簡明な構造ゆえ超絶技巧を要するものではないが、逆にピュアな声部あるいは内声部の表現の巧拙は隠しようがなく寧ろ基本的な運指の正確性が求められる。もちろん、カリンの堂々とした明晰なマルカート、いやカンタービレは切れに切れまくっている。
白眉は不可思議な半音上下進行系の9番ヘ短調BWV795の3声のフーガ。16分音符の時間差連打で3つの主題を並走させる多重対位法は互いの声部の干渉を抑制しつつ情感的にも整合性を保った表現が求められよう。カリンの演奏は瞑想的でありながら過度なテンペラメントを排除した好演奏。既に大器としてのプレゼンスを放っていると見ることのできる一枚。今後の活躍が楽しみである。
録音評
Analekta AN28771、通常CD。録音は2016年7月、ラジオ・カナダ・スタジオ12(モントリオール、カナダ)とある。本制作はカナダのケベック州政府の資金援助のもとに行われたとクレジットされている。収録とマスタリングは24bitのPCMで行われたものと思われ、割と硬質で華美な調音もなく非常にシュアな出来上がりだ。普段聴いているクラシックCDの約9割がフランスを中心とした欧州ものだが、カナダのこの録音はそれらとはフレーバーが全く異なる。音が太くて華美な音が全くしないピアノ録音であり、ある意味アマチュアが録った生録音的な生気を伴っている。近いと思ったのは若林工房の音の録りかたで、カリンの息遣いやフィンガーノイズなどがカットされずに入っているし、このホールのアンビエントは意外と優秀で、S/N感が抜群の静謐な空間へ自然に消えゆくピアノ弦の音は綺麗だ。結構お薦めの優秀録音だ。
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